綾門優季(あやと・ゆうき)/1991年生まれ。劇作家。「ことばと」vol.2に初の小説「唯一無二」。
綾門優季(あやと・ゆうき)/1991年生まれ。劇作家。「ことばと」vol.2に初の小説「唯一無二」。

 人生の終わりにどんな本を読むか――。劇作家の綾門優季さんは、「最後の読書」に『晩年の子供』を選ぶという。

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 子供の頃は、いつか死んでしまうという事実を受け入れられず、よく泣いた。印象的なのは、本を抱いて号泣しているのを、深夜に親に見つかった、あの出来事だ。小学何年生だったか、ある時刻を過ぎた後の読書は、眠りを妨げるので禁止されていた。しかしどうしても眠れず、本棚から毎月楽しみに読んでいたコロコロコミックをこっそり取り出した。ただ、応援していたキャラがマンガの途中で死に、そこから一直線に己の死の可能性まで思考が飛び、わんわん泣いた。それぐらい、死を身近なものとして想像してしまっていた時期があった。すぐに何かのきっかけで、死の恐怖に震えて、泣いた。

 成長するにつれ、死とは適切な距離感を取れるようになっていったが、それが今般のコロナ禍によって、見事に叩き壊された。久々に死を、身近に感じた。20代の死亡率は低いという情報も、でも死んでる人もいるじゃないか、後遺症もあるらしいじゃないか、怖い、嫌だ、死んじゃう、泣きそう、泣く。そして本当に泣いてしまった、春の一日があった。ようやくマシな距離感でコロナ関連の情報に触れるようになってきたが、適切かどうかは怪しく、気がつけば漠然とした不安に包まれる。子供の頃に戻ったようだ。前置きが長くなったが、山田詠美『晩年の子供』は、そんなわたしにうってつけの小説だった。高校生の頃に読んだきりだったけれども、再読して、むしろ主人公の子供とわたしの気持ちは、今のほうがぐっと近いのではないか、そのように思った。

『晩年の子供』は短編集なので、表題作を読むだけなら10分とかからない。だが、余韻は長く胸に残る。犬に噛まれ、狂犬病で死んでしまうと思い込んだ子供の話だ。飼い犬は予防注射を受けているから噛まれても死なない、ということを知るまで、死ぬことについて、本気で、独りで、考え込む話だ。

 去年までだって、いつでも死ぬ可能性はあったのに、こんな状況になってからやっと、わたしは晩年について、真剣に考え始めた。生き方が根底から変わるかもしれない。

週刊朝日  2020年12月25日号