たしかに、羽生善治九段はチェスで世界のグランドマスターに勝利したことがあるほどの実力。鈴木大介九段は昨年、国内最大級のプロアマ麻雀大会「麻雀最強戦」で優勝した。渡辺明名人は有名な競馬好きで、綿密にデータを研究してスポーツ紙に予想を披露するほどの競馬通だ。

 若い藤井二冠はまだギャンブルや他のボードゲームではなく、競技としての詰将棋に執念を見せる。

 特に全国の詰将棋マニアがその実力を競う「詰将棋解答選手権」では5連覇中で、詰将棋には並々ならぬ負けず嫌いぶりを発揮する。師匠は昨年のあるイベントで藤井と女流棋士の3人で詰将棋勝負をした日の愛弟子の勝負へのこだわりが忘れられないと言う。

 このイベントで、3人は7手詰めの詰将棋問題を1分間に何問解くかを競うことになった。ルールは最後の1手のみを回答、ただし師匠と女流棋士は1問正解につき1点だが、選手権5連覇中の藤井は1問0.5点。師匠は9問正解して9点だったが、藤井は17問正解したがハンディのため獲得ポイントは8.5点。師匠が面目を保った。

 すると藤井は「詰将棋で師匠に負けて悔しいです」と3回も繰り返したという。

「内容的には藤井の完勝ですが、『勝負』には負けて全力で悔しがっていました。改めて藤井の悔しがる力の強さを再認識した瞬間でした」と師匠はこの日のことを振り返った。

「今の時代、『悔しい』と口に出すことや諦めの悪さは、あまり流行りません。悔しがる力は事をなすための原動力になるのではないでしょうか」

 対局においては記録よりも「将棋の至高」を目指し、勝負事には徹底的にこだわり、負けると全力で悔しがる。羽生や渡辺ら、代々の名人と同じ道を若き天才・藤井も歩み始めているようだ。(本誌・鈴木裕也)

週刊朝日  2020年11月13日号より抜粋