ただ、初演の稽古では、市村さんが一つだけ苦しんだことがあった。

「役の気持ちがまだ入ってなかった時は、稽古で全然歌えなかった。1幕のラストに、モノローグから入って、『やるぞー』と自分の人生を生き直す決意をするんだけど、稽古を重ねるうちに、だんだん勘治の気持ちが入ってきましたね。でも、お客さんがみんなビックリするの。だって、主役が1幕の最後まで歌わないんだから。こんなミュージカル、なかなかないと思う(笑)」

 多い時で年7本、少なくても年3本はミュージカルを中心に舞台に立っている市村さんだが、今年は新型コロナウイルスの影響で、「ミス・サイゴン」が中止になった。

「毎月病院に採血に行っているんだけど、そこの看護師さんがすごく残念がってね。『せっかくいい席が取れたんですよ、本当にやらないんですか?』と言われた。だから僕はこう言ったの。『中止じゃなくて、延期だよ! 来年は無理でも、再来年あたりならまた上演の可能性はある。大丈夫!』って。僕は今71歳だけど、2年後の73歳以降に、たぶん『ミス・サイゴン』が上演できると思うから、そこに目標を定めて、健康管理やトレーニングを頑張ろうと思った。コロナは憎いけれど、コロナのお陰で、新たな目標ができました」

(菊地陽子 構成/長沢明)

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週刊朝日  2020年10月9日号より抜粋