俳優・市村正親 (撮影/写真部・小黒冴夏)
俳優・市村正親 (撮影/写真部・小黒冴夏)
俳優・市村正親さん。撮影中も笑顔を絶やさず、とにかくエネルギッシュ (撮影/写真部・小黒冴夏)
俳優・市村正親さん。撮影中も笑顔を絶やさず、とにかくエネルギッシュ (撮影/写真部・小黒冴夏)

「命短し恋せよ乙女」の歌い出しで知られる「ゴンドラの唄」。ミュージカル「生きる」で主役の渡辺勘治を演じる市村正親さんは、熱き血潮をたぎらせたまま、芝居とともに半世紀を生きてきた。

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「役者の道を進もう」と心に決めたのは、18歳の時だ。演劇部の顧問に連れられ、大手町の日経ホールで、劇団民藝の「オットーと呼ばれる日本人」という芝居を観た。ゾルゲ事件をテーマにした木下順二の戯曲で、主演は“新劇の神様”と呼ばれた滝沢修。高校生には難解な部分もあったが、主人公の人生の激しさに、いたく感銘を受けた。

「たかだか2~3時間の間に、あんなに激しい人生が生きられるんだ、こういう仕事っていいなぁと心底思いました。ウチは両親が共稼ぎで、一人っ子の僕はいわゆる“鍵っ子”。そのせいで、空想することが好きだったんでしょう。テレビの向こう側に楽しそうな世界があるとは思っていたけれど、僕の場合は、『オットー~』で、生身の人間の放出するエネルギーにやられた。『自分も、芝居の中で激しい人生を生きたい』と思ったんです」

 若い時は若いなりの、中年なら中年なりの激しさがある。50年近く役者を続け、いろんな役を演じながら、人間、いくつになっても青春の時はやってくるものだと思う。

「40代半ばで『クリスマス・キャロル』の主人公で嫌われ者の『スクルージ』を演じた時は、老けメイクをするのに1時間半ぐらいかかったけど、最近は20分ぐらいで終わっちゃう(笑)。そのうちに、ノーメイクでできたらおもしろいなと思って」

 年を取らないと演じられない役──。2018年初演のミュージカル「生きる」の渡辺勘治役などは、まさにそれだろう。市村さんと鹿賀丈史さんのダブルキャストで上演された「生きる」は、あの黒澤明の名作をミュージカル化したものだ。胃がんを宣告された市役所課長が、残された短い人生の中で、せめて誰かを喜ばせたいと、公園をつくることに尽力する。人生最後の“激しさ”を描いた舞台は、初演時にも大変な評判を呼び、今秋の再演が決定していた。

「僕はもともと、この役をやる前に胃がんを経験しています。そして、この舞台の後に、演出家の宮本亞門さん自身もがんからの生還を果たした。『生きる』の時代からはずいぶん医学も進歩していて、がんは今や不治の病ではないかもしれない。ただ、3年前にこの話を聞いた時は、『生きる』はミュージカルにピッタリだと思った。だって、これまでのミュージカルが、人間のありとあらゆる出来事を題材にしているからです。人の心が大きく動き出す瞬間さえあれば、それは必ず歌になる」

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