半世紀ほど前に出会った98歳と84歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。
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■横尾忠則「セトウチさんは絵も木彫も“規格外”」
セトウチさん
この前は小説の話でした。今日はセトウチさんの絵の話をしましょう。
ああ、その前に言っときましょう。前回だったかのセトウチさんの話は狂気を帯びて、怖くなるほどおかしい文章! 元気な証拠です。ああよかった!
では、絵の話です。ある日、セトウチさんが絵を描き出したというので、寂庵へその絵を見に行きました。
最初は「何(な)んじゃ、これ?」と思いました。花の絵だとおっしゃっても、花のない花の絵です。花の根っ子(こ)から茎へとどんどん絵がジャックと豆の木みたいに上へ伸びて行くのです。なんでもセトウチさんの絵の先生の指導に従った結果の絵らしいのです。花の根から描け、という先生です。こんな先生は見たことも聞いたこともないですが、セトウチさんも「この先生、頭おかしいの違うか?」と疑問も持たないで、先生の言いなりに従って描いた絵がコレ!
セトウチさんも全体の花のプロポーションの見当もつけないで、根から茎へと花の成長を追いながら、どんどん上へ描いていくから、紙の上にぶつかって、肝心の花は画面の外。だから紙をつぎたすことになる。まあ、何んてアバンギャルドな絵画法であろうか。幼稚園の園児なら不思議ではないけれど、当時のセトウチさんは80代でしょう。まさに素直な幼い老人です。魚だって尻(し)っぽだけで、頭は画面の外。今、流行りの最先端のコンセプチュアルアートです。僕は「馬鹿みたい」と大笑いしながら、実は内心、ショックを受けているのです。いつも見たことのない絵を描きたいと思っているのですが、今、目の前にある絵は見たことのない絵だからです。これは「イタダキだなあ」と頭の中のアイデアの函に納めときました。