橿原のシネコンに行った。チケットを買い、モールの蕎麦(そば)屋でわたしはざるそば、よめはんは五目ごはんと鴨(かも)汁そばセットを食った(なぜかしらん、よめはんが注文するものはわたしより必ず高いが、シネコンのチケットを見せると一〇パーセントの割引がある)。しかるのち、テイクアウトのコーヒーをもって会場に入った。

『パラサイト』はおもしろかった。ポン・ジュノ監督の作品は『殺人の追憶』『グエムル 漢江の怪物』『TOKYO!』『母なる証明』『スノーピアサー』と見ているが、『パラ~』は『殺人の~』と同じくらい(わたしには)よかった。富裕層の社長一家に寄生する半地下住宅暮らしの一家四人がまさに適材適所で、なかでも長女役のパク・ソダムに強烈な存在感があった。シナリオと演出もいい。ここしばらくアカデミー作品賞は大しておもしろくないもの(二〇一六年『スポットライト 世紀のスクープ』、一七年『ムーンライト』、一八年『シェイプ・オブ・ウォーター』、一九年『グリーンブック』)がつづいていたが、『パラ~』の受賞で面目を一新した。映画にはもちろん芸術性が必要だが、観客を愉(たの)しませるエンターテインメントであるかぎり、“見ておもしろい”が第一義だとわたしは考えている──。

 シネコンからの帰り、よめはんにいった。

「ものは相談ですけど、おれの部屋に寄生してる胡蝶蘭、あれなんとかならんですか。めちゃ狭苦しいし」

「…………」よめはん、無言。寝たふりをしていた。

週刊朝日  2020年3月13日号

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黒川博行

黒川博行

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

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