平井伯昌(ひらい・のりまさ)/競泳日本代表ヘッドコーチ、日本水泳連盟競泳委員長。1963年生まれ、東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。86年に東京スイミングセンター入社。2013年から東洋大学水泳部監督。同大学法学部教授。『バケる人に育てる──勝負できる人材をつくる50の法則』(朝日新聞出版)など著書多数
水中練習前に「ワットバイク」をこぐ選手たち=1月2日、東洋大プール (撮影/堀井正明)
指導した北島康介選手、萩野公介選手が、計五つの五輪金メダルを獲得している平井伯昌・競泳日本代表ヘッドコーチ。連載「金メダルへのコーチング」で選手を好成績へ導く、練習の裏側を明かす。第5回は「トレーニング」について。
* * *
水泳の練習はプールで泳ぐことが基本ですが、昔から陸上トレーニングも重視してきました。陸上でのストレッチや筋力トレーニング、ランニングなどを「ドライランドトレーニング」と呼んで、日々の練習で時間をかけて行っています。
チームでは一昨年の9月から「ワットバイク」という室内用自転車をトレーニングに使い始めました。
ランニングに比べて腰やひざへの負担が少なく、足を速く動かしながら筋力がつき、心肺機能を高めることができます。プールサイドに置いて泳ぎと交互にバイクをこいだり、全力でこぐ時間を変えたり、試行錯誤しながら積極的に活用してきました。キック力が向上して、スタートの飛び込みも力強さが増し、効果を実感できています。
日本だけでなく世界の水泳がレベルアップしているのは、トレーニングの進化が大きいと思います。トレーナーのスキルが向上していることに加えて、各国のコーチが情報交換して、効果の高い練習方法を取り入れているのです。
2月にも行く予定のスペイン・シエラネバダの標高2300メートルにあるトレーニング施設には世界中から選手が集まってきます。同じ宿舎に水泳だけでなく、陸上、トライアスロン、ボートなど多くの種目の選手が来ていて、行くたびに知的向上心が刺激されます。「何だろう」と興味を引くトレーニングをしているチームがあれば、つたない英語でどんどん質問します。
室内用自転車はドイツの競泳長距離チームが水中練習の後にこいでいて、大会でいい結果を出していました。男子100メートル平泳ぎで世界記録を持つアダム・ピーティやリオ五輪女子400メートル、800メートル自由形銀メダルのジャスミン・カーリンら英国勢も使っていると聞きました。そんな情報を集めて自分のチームにも有効だと判断して、ワットバイクを導入しました。
バイクをこぐ強度が上がったり、できない動作ができるようになったり、ドライランドは選手の向上心を引き出す効果もあります。新しいトレーニングばかりがいいとは限りません。1980年モスクワ五輪の男子1500メートル自由形で初めて15分の壁を破ったウラジミール・サルニコフ(ソ連)のトレーニングビデオからスクワットの方法をまねたり、相撲部屋のけいこで見たしこを取り入れたりしています。
北島康介のライバル、アレクサンドル・ダーレオーエンは地元ノルウェーの山を駆け上がって体を鍛えたといいます。海外では若いときにいろんなスポーツを経験して専門種目に移っていく選手が多い。日本の水泳選手は子どものときにスイミングクラブに入って、早い時期から専門を絞っている。日本で野山を駆けまわる環境は少ないけれど、日常的に様々な運動を取り入れて、体を鍛えていくのがいいと思います。
シエラネバダでもワットバイクのトレーニングを続けます。サンドイッチを持って選手と山にハイキングに行こうと思っています。(構成/本誌・堀井正明)
※週刊朝日 2020年2月7日号