「それ(祈りに満ちた心)は、受け身にならずにしかも受容し、事態を投げ出さずにそれに対して感謝の気持ちを持つこと、すすんで謎のなかに立ち、曖昧さや未知のものに対して寛容な心を持つことだ。何が起ころうとも、たとえがんが発病しようとも、それは起こるべくして起こったのだと受け入れることだ」(同書)

 つまり、どんなに重篤な病気であっても、天の配剤として受け入れる。それができるのが祈りに満ちた心だというのです。

 がんの治療に長年、取り組んでくると、この祈りに満ちた心を持つ患者さんに出会うことが少なくありません。69歳だったAさんもそうでした。肺がんになり、大学病院で手術不能、余命6カ月と診断され、うちの病院に来ました。サプリメントと食事療法の指導、漢方薬の処方に加え、当時新薬だったイレッサを使って病状が回復し、ゴルフが出来るほどになりました。しばらくたって、症状がまた悪化しました。入院を勧めましたが、

「いやぁ、このまま自然にいくことにしました。余命6カ月が2年半ももったのですから、感謝しています。もう一度、桜の花を見たい気もしますが、欲ですね」

 こう言って、穏やかにほほ笑むのです。その笑顔を見て、この人の心は万物と一体になっているなと感じました。

週刊朝日  2019年12月20日号

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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