それはさておき、ついにヨコオさんの方から「UFO」の話が出てきて、私は大喜びです。ヨコオさんにバカにされるかもしれないけれど、私はまだ一度も半度も、「UFO」なるものを見たことはありません。ヨコオさんと仲良くなるよりもっと以前に、女流随筆家の森田たまさんから、よく彼女が見るというUFOの話を聞かされました。その頃は、UFOなんてシャレた名ではなく、「空飛ぶ円盤」と呼ばれていました。たま女史は、この円盤を何度も見たと、興奮気味に話してくれました。『もめん随筆』なるベストセラー作家のたま女史の、円盤対面の話は、名人の落語を聞くより名人芸でありました。

 それからしばらくして、寂庵へ初対面の可愛らしい乙女が二人訪れました。その一人は「EPO」だと名乗り、当時居た若い寂庵のスタッフたちが、「ヒーッ」と声をあげて喜んでいました。つまり、当時若者間に人気のでていた歌手の「EPO」だったのです。

 EPOは、ただ何となく寂庵を通りすがり見つけて寄ってみただけだったのでしょう。これという話もないので、最近よく自分のアパートの窓近くに寄ってくる円盤のことを話しだしました。彼女の見る円盤には白人種らしい若い男が乗っていると云(い)うのです。私はそれを聞くなり、

「あ、円盤のことなら、通の人がいるから」と言い、すぐヨコオさんに、電話しましたね。受話器をEPOに渡し、しばらくあなたたちに会話して貰(もら)いました。受話器を収めたEPOは、若い頬を可愛らしく上気させ、

「ヨコオセンセは、“UFO”には悪いUFOと、良いUFOがあって、悪いUFOはあなたのように可愛いムスメさんを見ると、近寄って、さらっていくから気を付けるようにとおっしゃいました」

 と、報告しました。欽ちゃんのテレビの良い子、悪い子が流行(はや)っている当時のことでした。EPOとは、それ以来会ったことはありません。

 この次は宝塚を一緒に観た時の話をしましょうね。その前にヨコオさんと京都の山でUFOを一晩中待った話がありますよ。

 では、おやすみなさい。

 得度四十六年の記念日に。寂聴

週刊朝日  2019年11月29日号