この年の秋に結婚した夫の拓也さんは大学でのレスリング経験者だった。皆川が所属するクリナップ株式会社に道場はない。妻が東京の自由ケ丘学園高校で男子の高校生に交じって特訓するなど厳しい練習に耐える中、食事の支度をしてくれるなど選手生活を支えてくれた。拓也さんはカザフスタンにも駆け付けて、試合前にアドバイスもしてくれた。「夫の協力に感謝したい」とはにかんだ皆川は「去年と違って強豪を破ってなのでうれしい。やってきたことは間違っていなかったと思う」などと話した。

 ベテランはいつまでも喜びに浸ってはいない。決勝について「1ピリオドの終わりでよくポイントを取られるので警戒しろとコーチに言われていたのにまたそうなってしまった。警戒しているつもり、で終わっている」と冷静に反省した。

 32歳でつかんだ東京五輪。とはいえ、決して最初から必死に目指していたわけではなかった。2年前の大きな転機から気持ちが変わり、三十路を超えた体にむち打ち地道にレスリングを続けるうちに、晴れ舞台は自ら皆川のところにやって来てくれたのだ。

 決勝で勝った長身のグレーが大きな声で外国記者団のインタビューに答える傍らで、「世界チャンピオンとして臨みたかったけど……頑張ります」と、報道陣の一番前にいないと聴き取れないような声で語った大和なでしこレスラー。「そんなに差がないと思った」グレーとの東京五輪決勝をぜひ見たい。

ジャーナリスト・粟野仁雄

※週刊朝日オンライン限定記事