16年4月の日本選手権。世界王者としてすでにリオ五輪出場を決めていた400メートル個人メドレーでは、五輪への派遣標準記録から1秒以上遅れた。200メートル個人メドレーでは2位までに入れず、出場権を逃した。それでも、危機感は薄かった。

「五輪本番は勢いで戦えるだろうと。甘い考えだった」

 リオ五輪の400メートル個人メドレーでは銅メダル。目標としていた金メダルには、届かなかった。

「4年前とは全然、考え方が違う。すごく落ち着いている」

 瀬戸はそう言う。頭の中に、お手本とする姿が焼き付いている。リオ五輪女子200メートル平泳ぎ金メダルの金藤理絵だ。

 リオ五輪直前に米国で行った日本代表の高地合宿で一緒だった。金メダルの最有力候補と言われていた金藤は、誰よりも長くプールで泳ぎ、トレーニングルームでは、鬼気迫る表情でバーベルを上げていた。瀬戸は強い衝撃を受けた。

「やり残しがないように頑張っていたのが印象的だった。あそこまでやっても、金メダルを取れるかどうか分からないのが五輪。あのときの自分は、金メダルの器ではなかった」

 今年8月に取った約2週間のオフ。瀬戸はその一部を使って韓国を再び訪れ、08年北京五輪男子400メートル自由形の金メダリスト、朴泰桓(パクテファン)の練習に交ぜてもらった。

「彼の泳ぎはきれいで、速い。苦手なところを学びたかった」

 計6日プールへ通い、彼の泳ぎに目を凝らした。

 9月1日には豪州へと旅立った。多くの五輪選手を指導したマイケル・ボール氏の下で泳ぎこみ、東京五輪を見据えた強化の土台づくりを進める。秋には米国での高地合宿も予定している。

「来年に向けて、これから何度も山にのぼる。嫌いなところで、嫌いなトレーニングをみっちりやりたい。覚悟はできている。やり残しがないようにしたい」

 今回の豪州での自主トレーニングには、妻の優佳さんと1歳の長女も同行している。東京五輪までは海外などでの合宿が続き、父親不在の時間が増えるぶん、少しでも家族との時間を大切にしたいとの考えからだ。

「一緒にいてくれると、心のケアもしてもらえる」

 新しい家族の支えを追い風に、一切の甘えを捨て、ただひたすらに強さと速さを追い求める。4年の時を経て、瀬戸は迷いなく突き進んでいる。

週刊朝日  2019年10月4日号