教室に戻って宿題の提出タイム。この時間が避難訓練とかぶっている。校内放送が流れた時点で訓練開始、いつ始まるかはわからない。だから皆ドキドキしながら出席番号順に先生に宿題を渡す。訓練が終わったらそのまま校庭から「流れ解散」すなわち下校。出席番号順に提出するので姓がマ~ワ行の人は、何となく提出しないままその日が終わってしまう。カ行の私はなんか悔しい。だいたいハ行でアナウンスがある。「ただ今、関東地方で大きな地震がありました! 机の下に入って身を守ってください!」。これを合図に机の下に。しばらくして「ただ今、給食室で出火が確認されました。先生の指示に従って避難を開始してください!」。廊下に速やかに整列。「お・か・し、お・か・し(押さない・駆けない・喋らない)」と呟きながら、上履きのままで校庭へ早歩き。平安の歌人だってこんなに「おかし」って言わないだろう。

 校庭に整列し、校長先生の「うちに帰るまでが避難訓練ですよ!」の声とともに下校となる。この日はカバンは教室に置いたままでよい。上履きのままで校庭に出る背徳感。ましてやそのまま帰っていいだなんて……。背徳感にまみれて、わざと上履きが汚れるようにワシャワシャと歩いているとオレンジ色の転校生が「スリッパ」で下校していた。ああ、上履きも間に合わなかったのか。今思えば急な転校だったのか……いろんな事情があったのだろうな。子供ながらに不憫さを感じて一緒に帰ったような気がする。名前すら覚えていない「夕刊フジ」と、ある年の9月1日の記憶。2学期はやっぱり長かった。

週刊朝日  2019年9月27日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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