伊勢神宮を囲む大きな森を一望できる場所を訪れた樹木さん。
「天照大神の侍女A、B、Cになった気がするわ」
いや、そこは天照大神になった気分でしょ?
「天照大神では申し訳ない。お付きの侍女の方がいいわ。しかも一人だけ選ばれて付いていくより、その他大勢の方が居心地がいい」
樹木さんは、自分にスポットライトが当たったり、何かを他人と競ったりすることを馬鹿馬鹿しいと考えていた。そこで「侍女A、B、C」という言い回しになるわけだが、言葉に対する独特のセンスは、独特の人生観と密接に結びついていることがよく分かる。
「神宮希林」には、彼女のモノへの執着のなさが露(あら)わになるシーンもあった。うどん屋に立ち寄った樹木さんに、店の女将が法被を贈りたいと言ってきた。要らないと思っても、そこはありがたくいただくのが大人の対応というもの。しかし樹木さんは「使い道がない」と言下に断る。
ところが、女将もさるもの。無理やり持って帰らせようとする。樹木さんと女将、空気を読まない同士がぶつかり合う。あせったプロデューサーが「僕がもらいます」と言いかけたという。樹木さんはこの女将のことを、
「心が頑丈ですね」
と表現した。
「彼女のことは半分いいなと思っているんです。だから『頑固』とは言いたくなかった」
「心」と「頑丈」って、新鮮な組み合わせではないだろうか。聞いていて気分が良くなる。なぜそんなに言葉のセンスにあふれているのか、本人に聞いてみたことがある。するとこんな答えが返ってきた。
「デビューして50年間、舌禍の連続でしたから。今、償っているんですよ」
確かに「時間ですよ」や「寺内貫太郎一家」など1970年代の人気ドラマを一緒に作ってきた久世光彦ディレクターとも、樹木さんの発言が元で、長期にわたって関係が途絶えたりした。かつての樹木さんを知る人は、みんなが樹木さんのことが好きなわけではない。
樹木さんは、がんになった効用として、
「ケンカする体力がなくなった」「随分腰が低くなった」
と話している。