若い頃の樹木さんは知らないけれど、きっと、センスが鋭利すぎて、周囲の人たちを切り刻んでいたのではないだろうか。

 樹木さんの言葉のセンスを語るならば、フジカラーのCMのエピソードを欠かすわけにはいくまい。岸本加世子さんとの掛け合いが見事だった。「美しい人はより美しく」のフレーズの後の言葉、最初は「美しくない人も美しく」だった。

 樹木さんは「それっておかしくないですか」と述べたという。「だって、そんなわけないじゃない?」と。そんなやりとりから生まれたのが、

「そうでない方はそれなりに」

 という名フレーズだった。

「『美しくない人』という言い方も美しくないでしょ?」

 樹木さんはそう言って笑っていた。「美しくない人も美しく」のままだったらどうだっただろう。少なくとも「それなりに」という意表を突いたフレーズが、人々の記憶にいつまでも残るCMに仕立てた。

 いま、ベストセラーの上位に顔を出している樹木さんの本には、「そうでない方はそれなりに」という類いの、人々を引きつける言葉が満載されているのだ。

 そして、樹木さんの研ぎ澄まされた言葉に対するセンスは、長女の内田也哉子さんにしっかりと受け継がれている。文筆家として活動する也哉子さんは、樹木さんの葬儀の親族あいさつで、参列者たちに感銘を与えた。私が特に好きなのは夫の本木雅弘さんと内田一家のことを語ったくだりだ。

「何でもあけすけな母とは対照的に、少し体裁のすぎる夫ですが、家長不在だった内田家に静かにずしりと存在してくれる光景はいまだにシュールすぎて、少し感動的ですらあります」

 少量の笑いを交えつつ、夫の本木さんを始め、家族への限りない愛情を表現しきっている。樹木さんとは少しベクトルが異なるけれど、このセンスこそが遺伝子のなせる業だと感じた。

 その也哉子さんに、母親としての樹木さんについてインタビューをした。母に続いて父を亡くされたばかりの也哉子さんは、「まだ考えがまとまらない」と逡巡(しゅんじゅん)されていたが、最終的には受けてもらった。也哉子さんの子供の頃から、樹木さんが亡くなる時の様子まで、丁寧に語ってくれた。

 樹木さんが亡くなる半年前に行ったロングインタビューを、このほど『この世を生き切る醍醐味(だいごみ)』(朝日新書)という本にまとめた。その巻末に也哉子さんのインタビューも載せさせてもらった。也哉子さんの言葉のセンスが、樹木さんに劣らないことが分かってもらえるだろう。そして、どのあたりが似通っていて、どのあたりが違っているかもよく分かると思う。(朝日新聞編集委員・石飛徳樹)

週刊朝日  2019年9月20日号