例えば、芸人の待遇改善一つとっても、ハードルが高い。吉本は待遇改善の目玉として、いままでの「専属マネジメント契約」に加え、芸人が自分で活動をマネジメントできる「専属エージェント契約」を新たに導入する方針だ。売れっ子の芸人であれば、代理人を立てて会社側と待遇アップの交渉をしやすくなる。テレビ出演は吉本を通すが、舞台などほかの分野については別の事務所と契約することもやりやすくなる。

 だが、専属エージェント契約を結べるのは約6千人いる芸人のごく一部。代理人を立てるにも多額の費用がかかり、テレビにレギュラー出演するような売れっ子でなければ厳しい。

 さらに、専属エージェント契約を結びたくても、会社側が怖くて言い出せない可能性もある。吉本はテレビ局から番組制作を事実上丸ごと請け負っていて、芸人の生殺与奪の権を握っているためだ。

「ワイドナショー」で、吉本所属の東野幸治は、専属エージェント契約に興味があると言いつつ、不安も次のように語った。

「吉本製作のバラエティー番組に、専属エージェント契約しているタレントも入れてくれるのか。テレビ局がまとめて制作費を吉本に渡して番組を作るときに、どうしても専属マネジメント契約しているタレントを優先的に入れるはず。いま俺がやっているレギュラー番組は、ほぼほぼ吉本興業が作っている番組ばかりやから、専属エージェント契約した瞬間にレギュラーがゼロ本になる恐れがある。俺は干されへんのかと」

 公共の電波の使用を認められたテレビ局は、本来、タレントの起用を含め番組制作に責任を持たなければならない。ところが、制作費を抑えるためもあって、大手の制作会社や芸能事務所に事実上丸投げしている実態がある。吉本のように売れっ子を何人も抱える一部の事務所に、テレビ局が依存しているのだ。

 そのため、事務所に逆らった芸能人が、テレビ番組から「干される」ケースが繰り返されてきた。これは吉本に限らず、芸能界全体の構造的課題だ。吉本がいくら経営改革をアピールしても、テレビ局を含め芸能界全体が取り組まない限り、芸人の待遇改善などは難しい。

 こうした課題は、一昔前なら芸能界の独自ルールだとして、見過ごされてきた。アイドルグループ「SMAP」の元メンバーのテレビ番組出演を巡り、公正取引委員会が調査に乗り出すなど、社会的にクローズアップされつつある。闇営業の問題は課題を解決するチャンスでもあるのだ。

「ワイドナショー」では、吉本にいまは所属していないカンニング竹山が、専属エージェント契約の導入に期待を見せた。米国などでは専属エージェント契約が定着し、タレントの権利が守られやすくなっているためだ。

「吉本さんだけの問題じゃなくて、日本の芸能界全体で見ると面白い試み。アメリカではこういう芸能社会になっている。ちょっとずつうち(の所属事務所)も含めて、なっていくのかなと」

 吉本の約6千人の芸人のうち何人が専属エージェント契約を結ぶのか。ほかの芸能事務所も同じような契約を導入するのか。テレビ局はタレントの起用にどう責任を持つのか。吉本の問題をきっかけに浮上した課題は、うやむやではすみそうもない。(本誌・多田敏男)

※週刊朝日オンライン限定記事