石原裕次郎三十三回忌 まき子夫人が推す「裕次郎映画10選」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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石原裕次郎三十三回忌 まき子夫人が推す「裕次郎映画10選」

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週刊朝日

 7月17日に三十三回忌を迎える石原裕次郎。「昭和の太陽」として輝いた国民的スターの軌跡を追って、筆者は石原まき子さんの取材を重ねてきた。裕次郎の素顔を語るまき子さんの表情は、いつもキラキラ輝いていた。「日本人が最も愛した男」のすべてを知るまき子さんに「10本の裕次郎映画」を選んでもらい、魅力を語っていただいた。

【写真】あまりに格好良すぎて喝采を浴びたという作品がこちら

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 裕さんと私は青春時代の大半を日活撮影所で過ごしました。共演した作品は25本。あの時代の空気や人々の暮らし、風景のすべてが映画の中に詰まっています。映画を観ることで、いつの時代も変わらない青春の悩みや、あのころの日本人が裕さんにどれだけ憧れていたか、そして私たちがどれだけ懸命に映画を作っていたかを感じとっていただけるはずです。裕さんの三十三回忌にあたる今年、ぜひ見ていただきたい作品10本を選んでみました。

■「狂った果実」1956年

 初めて裕さんと出会ったのは、1956年4月14日の午前11時30分でした。石原慎太郎さん原作・脚本の「狂った果実」での共演が決まり、顔合わせの時でした。日活撮影所第4ステージに組まれたナイトクラブのセットの2階から下りてきた裕さんは、私の顔も見ないで「裕次郎です。よろしく!」って、ただひと言。絶対に顔を合わせないんです。どうしてなのか? いつか聞いてみようと思っていたのですが、そのチャンスも消え、いまだになぞのままです。

■「勝利者」57年

 共演作で初のカラー大作が「勝利者」です。裕さんはチャンピオンを目指す若きボクサー。バレリーナ役の私は日劇(NDT=日劇ダンシングチーム)で踊っていたものですから、大体のイメージはつかめたのですが、裕さんはプロの指導を受けて、本格的にトレーニングをしました。相手のパンチを受けてもくじけない裕さんは、今見てもカッコいいんです。これが大ヒットして、日活は裕さん主演のアクション路線に力を入れていきます。

■「俺は待ってるぜ」57年

 日活アクションといえば、横浜というイメージがあります。その始まりがこの「俺は待ってるぜ」。ナイトクラブの歌手に扮した私と裕さんが横浜の埠頭で出会うシーンから始まります。ラストに、二谷(英明)さんとの壮絶な殴り合いのシーンがあるのですが、蔵原惟繕監督はこのシーンに3、4日もかけたのです。さすがにスタッフが音を上げたのですが、裕さんは「納得するまで撮ってください」と監督にお願いして、あのすごいシーンになりました。

■「嵐を呼ぶ男」57年

 ジャズドラマーに扮して、文字通りトップスターの座をつかんだ作品が「嵐を呼ぶ男」。ドラムをたたきながら「おいらはドラマー……」と歌いだす、あの有名なシーンを撮るまでが大変でした。裕さんは、名ドラマーの白木秀雄さんにドラムのたたき方を習いました。頭の上でドラムスティックをクルリと回すことなど短期間でマスター。「ああ、この人、天才だな」って思ったものです。


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