73歳でも“獣みたいなランボー” スタローン「半世紀のキャリア」語る (2/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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73歳でも“獣みたいなランボー” スタローン「半世紀のキャリア」語る

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高野裕子週刊朝日
シルベスター・スタローン (c)Festival De Cannes

シルベスター・スタローン (c)Festival De Cannes

カメラの前でおどけるスタローン (c)Festival De Cannes

カメラの前でおどけるスタローン (c)Festival De Cannes

──ロッキーの1作目は70年代を象徴する一本と思いますか?

「ロッキーは社会の一現象みたいになった。最初は誰もが失敗作と思った。無名俳優、テーマも映画界で人気のないボクシング。撮影はたった25日で予算は100万ドル以下。実のところ孤独な男が女性と出会い生まれ変わるという話で、ボクシング映画じゃないんだ。ボクシングはロッキーの単なる職業だよ。ボクシングは人生の比喩みたいなものだ。人生は闘いであり競争である、という。その要素がうまく合わさり成功したんだと思う」

──スターの仲間入りを果たしましたね。

「当時のアメリカは1976年、建国200周年の年で、時代の節目でもあった。映画は『タクシードライバー』や『ネットワーク』『大統領の陰謀』など非常に政治的で難解な作品が多かった。僕は楽観的だったから『ロッキー』を作ったんだ。人びとは変化を求めていたんだと思う。タイミング的に幸運だったんだと思う」

──「ロッキー3」のころに体を鍛え体脂肪率2.4%まで落としたそうですね。そんなことが可能なんですか?

「そうだね。自分の体を自然な体形から変えるとパーソナリティーも変わるんだ。すっかり体形が変わるとナルシスティックになる。裸で歩きたいような気持ちになり、じゃあ今日はポンチョでも着ようかなと思う。全ては役づくりの準備なんだ。例えば最後のランボーの場合、僕の平均体重は180ポンドくらいだが、215ポンドまで増量した。もしランボーがジャングルに住んだら獣みたいになるだろう、と考えたからだ。人間じゃないんだ。とにかくあのランボーは重かった」

──監督しなかった時代をどう振り返りますか?

「俳優として自動運転モードになった時期だった。80年代90年代、スケジュールの空きを埋める感覚で仕事した時代があった。3年先の映画のスケジュールまで埋めていくような時代。エージェントが持ってきた話だけでスケジュールを決めていく。気が付かないうちに8年間クズな映画に出ることになった」


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