徳仁皇太子が、「気持ちいい」と漏らしたように、「ゼログラムタッチ」と呼ぶ、触れたことすら感じさせないほど柔らかな触れ方。いまは頭皮を中心とするケアに、力を注いでいる。

 徳仁皇太子の調髪は、お住まいの東宮御所で行われていた。

 ハサミを手に持つ間は、ふたりだけの静寂の時間が流れる。大場さんが言う。

 調髪の前の晩、大場さんは、冬でも冷たい真水を浴びて身を清めていた。何度も何度も、頭から冷水をかぶり、それが洗面器30杯にもなる頃、ようやく頭から雑音が消えていった。

 大場さんにとっての、「みそぎ」であり、「神事」であった。平成の明仁天皇のときも、徳仁皇太子のときも調髪の前夜は、同じようにこの儀式を行った。

 御理髪掛を拝命するにあたり大場さんは、明仁天皇と徳仁皇太子のヘアスタイルのイメージを徹底的に考え抜いた。

 天皇陛下をはじめ皇族方に求められる装いの条件は厳しい。強い風の吹く空港や、屋外での式典であっても、髪や服装が乱れてはならない。そのため、髪の毛は、整髪料でしっかりと固める場合が多い。それでいて、美しいデザイン性と立場にふさわしいものでなくてはならない。

「平成の天皇陛下の髪形は、長らくフォーマルな7:3分けでした。ご本人のご希望で、やや長めに伸ばされたえりあしが上品な雰囲気をにじませておられました」

 大場さんは、その明仁天皇の御髪を、威厳と慈愛というイメージで仕上げたいと感じた。阪神・淡路大震災のとき、明仁天皇と美智子さまは、がれきが散乱する神戸の街の避難所に足を運び、人びとの痛みと悲しみを共有していた。その姿は、慈愛をもって国民を愛する父親像そのものだった、と振り返る。

「その後も東日本大震災など、美智子さまと一緒に、被災地に足を運び続けておられました。御髪が乱れたとしても、凜とした威厳をにじませておられる。そんなイメージです」

 一方で、頭を悩ませたのが、徳仁皇太子のイメージだ。学生時代から一貫した8:2分けの優等生スタイル。公務の場で着用するスーツや晩餐会でのタキシードにも間違いなく似合う。汎用性のあるスタイルだが、何か物足りない。

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