小林一三の生涯を追った鹿島茂氏には「真のイノベーターの不足という問題が見えている」と著者は推測する (※写真はイメージ)
小林一三の生涯を追った鹿島茂氏には「真のイノベーターの不足という問題が見えている」と著者は推測する (※写真はイメージ)

 京都大学大学院経済学研究科教授の根井雅弘氏が選んだ“今週の一冊”は『日本が生んだ偉大なる経営イノベーター 小林一三』(鹿島茂、中央公論新社 2000円※税抜)。

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 阪急電鉄、宝塚歌劇団、阪急百貨店、東宝などを創業した小林一三の名前を知らないビジネスマンはいない。だが、彼の全体像となると、現役の経営者でも意外に知らないことが多いのではないか。本書は、小林を「偉大なる経営イノベーター」として評価する鹿島茂氏が雑誌「中央公論」に長期連載していた文章をまとめたものだ。

 経営者としての小林に焦点を当てるだけなら、並の評伝作家でも無難な一書にまとめることができる。だが、「親類の中の孤児」として育ち、慶應義塾に学ぶ頃から小説家志望だったにもかかわらず、「仕方なく」三井銀行に入行したというスタート時点での経歴から、すぐに鹿島氏の術中にはまってしまう。

 お茶屋通いの日々、愛人であった舞妓との結婚、そして、不遇だった銀行マン時代に見切りをつけて証券会社設立に走ったものの、日露戦争後の大活況から急転直下の株式大暴落でいきなり路線変更を余儀なくされた。

 小林が「箕面有馬電気軌道株式会社」の専務となったのは1907年だが、株価大暴落のあと権利株以外の株の引き受け手もいないような会社のどこに可能性を見つけたのか。鹿島氏は、小林が鉄道そのものよりも沿線の不動産で「鉄道の価値」が決まるという発想をもっていたことに注目している。これは、イギリスの著名な都市計画家エベネザー・ハワードが田園都市構想を世に問うた1898年と1902年の著作の内容と本質的に変わらないという。小林が先見の明のあったイノベーターだったことがわかる。

「イノベーター」という言葉は、経済学者シュンペーターと結びついているが、本書には、シュンペーターの名前は全く出てこない。しかし、シュンペーターの「イノベーション」という概念を正確に押さえておけば、小林のイノベーターとしての側面も、もっとよく理解できるのではないか。

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