先日も、同じような出来事に遭遇した。

 昭和君とランチを食べていると、隣の席に老夫婦が座った。老夫婦といっても大センセイとたいして年は変わらない感じである。

 ご婦人の方がにこやかな表情を浮かべながら、昭和君の方を眺めている。嫌な予感がした。

「かわいいですね~」

 来た。

「そのくらいの時期が、一番かわいいですよね。お孫さん、おいくつ?」

 耳ざとい昭和君が、ピッと顔を上げた。

 ここで大センセイが、「いや、実を言えば孫ではなくて息子でして。なんせ年がいってから出来たものですから、あはは」などと言えば、「あら、息子さんですか、まぁすごい、いや、羨ましいですね。ねぇ、アナタ」なんて、妙なコトになってしまうかもしれない。

 だからこの場は、「ほんとにねぇ」とか、「ええ、まぁ」といった曖昧な受け答えをして、ひたすらニコニコするのが得策なのだ。なにしろ相手は、善意の人なんだから。

 と、そのとき、昭和君がご婦人の方を向いて何か言おうと口を開きかけたのだ。

 まずい。大センセイ思わず心の中で叫んだ、

「パパと呼ばないで!」

「バニラじゃなくて、イチゴのアイスクリーム食べたかった」

 やれやれ。

週刊朝日  2018年11月9日号

著者プロフィールを見る
山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

山田清機の記事一覧はこちら