宮内庁という「とんでもない役所」 皇后が声を失った真実 (2/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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宮内庁という「とんでもない役所」 皇后が声を失った真実

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週刊朝日#皇室
第73回国民体育大会の総合開会式に出席した両陛下=2018年9月 (c)朝日新聞社

第73回国民体育大会の総合開会式に出席した両陛下=2018年9月 (c)朝日新聞社

香淳皇后の葬儀で、皇后さまの長いベールが中を舞った=2000年7月 (c)朝日新聞社

香淳皇后の葬儀で、皇后さまの長いベールが中を舞った=2000年7月 (c)朝日新聞社

 つまりは儀式官庁なのですね。時代が昭和から平成に移ろうとも、天皇制の議論や日々のご公務とは別に、しきたりや作法が重視され受け継がれる。特に、天皇、皇族方の冠婚葬祭で歴史や伝統が顔をのぞかせる。

──平成に入ると、90(平成2)年の礼宮さまの結婚、93(平成5)年には皇太子、徳仁親王の結婚で慶事が続きました。一方、2000(平成12)年6月には昭和の象徴たる香淳皇后の逝去もありました。

 香淳皇后が亡くなったときに、皇室に受け継がれるべき作法が十分に伝わっていない、と問題になったことがあります。

 葬儀の一連の儀式では、女性皇族はベールを被ります。皇后は腰まである長いベール。皇太子妃はこの長さ、皇族妃はここまで、とご身位が重いほど長くなる。6月の逝去から、通夜にあたる殯宮祗候(ひんきゅうしこう)をはじめ多くの儀式が続きました。当初、雅子さまがとても短いベールを被って来られ、違和感を覚えたことがありました。他の女性皇族のほうが長いベールでした。

 赤坂御用地にある東宮御所は、ある意味で離れ小島。皇后さまが作法に通じたベテランの女官を配属する配慮をされたのですが、新しい女官たちに煙たがられたのか、うまく継承されていなかったらしい。

 皇后は、天皇陛下の母であり昭和の時代を象徴する香淳皇后の葬儀を、完璧に営みたいと、不眠不休で頑張っておられた。

 そうしたなかで、問題が起き、雅子さまが本葬に欠席するという事態にまでなってしまった。ベールひとつとっても、特殊なもので、たまたま高松宮妃が生地をたくさん持っておられ、何とか間に合ったという状況でした。厳格な作法が求められる一例です。

──来年4月の天皇退位まであと半年。思い起こされるのが、昭和から平成への代替わり間もないころに起きた皇室バッシングです。皇后さまは1993年10月20日の誕生日の朝に倒れ、声を失う事態となりました。

「私の天皇像とは、天皇制を遂行できる天皇である。もしそれができない天皇ならば退位してもらいたい」


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