安室奈美恵の恩師が明かす無口な少女時代「学校に行かず、怒られても…」 (3/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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安室奈美恵の恩師が明かす無口な少女時代「学校に行かず、怒られても…」

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上田耕司週刊朝日
北海道から駆け付けたファンたち。体にアムロのグッズを巻き付けていた。
那覇市役所前にて(撮影/上田耕司)

北海道から駆け付けたファンたち。体にアムロのグッズを巻き付けていた。 那覇市役所前にて(撮影/上田耕司)

 沖縄アクターズスクールではミュージカルの定期公演を行っているが、92年5月は安室が主役を務めた。沖縄・玉泉洞で開催されたミュージカル「ピーターパン」を演じたのだ。

「彼女のピーターパンはこれまで演じた誰よりも輝いてました」

 安室に転機が訪れたのはその前年。スクールから選抜されたグループ「SUPER MONKEY’S」の結成メンバーに選ばれ、東京の芸能事務所のライジングプロダクションの平哲夫社長(当時)の目にとまったこと。

 92年9月、メジャーデビューが決まり、安室を東京で預かってもらうことになった。

「スーパーモンキーズとしてデビューしたが、売れなかった。奈美恵が売れるようになったのは、平さんがレコード会社としてエイベックスと契約し、小室哲哉さんがプロデュースするようになってからです」

 現在、同スクールに所属しているのはガールズグループの「Precious J」の4人だけで、メンバーの年齢は17~18歳だという。

「彼女たちを自宅に住まわせてトレーニングしています。メインボーカルは、マライア・キャリーのようなきれいな高音・ホイッスルの声が出るんです。いつか奈美恵のように世界から認められる日が来ると信じています」

 安室の今回の引退劇を率直にどう思うのか。

「奈美恵が東京でデビューを飾ってから26年あまり、人に言えない苦労をいろいろとしたのだと思います。よく頑張った。これからは生の奈美恵の歌が聴けなくなりますが、いろんな形で彼女の映像や曲は流れ続けると思います」

 マキノ氏の言葉どおり、テレビ各局は安室伝説を仕上げるため、秘蔵映像をかき集めて特番を組んだりと、ますますヒートアップ。

 その過熱ぶりに、安室側は取材自粛を呼びかけるなど困惑しているようだ。沖縄入りした東京キー局の報道局スタッフはこう話す。

「安室さんの親族などへの取材も極力、控えるようにとお達しが出てます。同じテレビ局内でもライブ取材を誰がするかで揉めています。歌番組をつくる文化担当は会場に入れますが、私たち報道局は会場に入れず、外でお客さんの声を集めるだけです。ライブを見たかったな……」

 引退の日から新たな伝説が生まれるのだろう。(本誌・上田耕司)

週刊朝日  2018年9月28日号


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