「ヤマダ君、今日、学校終わったら私の家に遊びに来ない?」

 おそらくノサカさんは、大センセイのことが好きだったのだろう。そりゃそうだ。学級委員で品行方正、いつも明るい大センセイは、クラスの人気者だったのだ。

 放課後、ノサカさんの家を訪ねてみると、上品なお母さんが出迎えてくれた。ノサカさんの勉強部屋を見せてもらい、お菓子をご馳走になって、初の訪問は和やかにお開きとなった。

「ノサカさんって、結構、かわいいな」

 ホクホクした気分で玄関に向かうと、なぜか大センセイの長靴がない。豊羽の子どもはみんな、冬の間じゅうスパイクのついた長靴を履いているのだ。

 首を傾げていると、ノサカさんがにゅーっと不気味な笑顔を浮かべながら玄関のドアを開けた。ドアの外には、雪をパンパンに詰め込まれた大センセイの長靴が、きちんと揃えて置いてあった。

「やられた……」

 その日の朝、ノサカ家ではこんな会話が交わされたのかもしれない。

「ママ、今日はヤマダっていうオメデタイ学級委員を連れてくるわよ」
「わかった。で、今回はどうするの?」
「長靴に雪入れる」
「じゃあ、あなたはお手洗いに行くふりをして雪を詰めなさい。その間、ヤマダはママがつないでおくから」
「ママ、お願いね!」
「任せて!」

 ひょっとすると……ノサカ家の悪巧みは、閉ざされた長い冬の、数少ない愉しみのひとつではなかったかと、大センセイ、いまになって思うのだった。

週刊朝日  2018年9月7日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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