没後50年 画家・藤田嗣治が描いた「女と猫」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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没後50年 画家・藤田嗣治が描いた「女と猫」

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自画像。東京国立近代美術館蔵 (c)Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833

自画像。東京国立近代美術館蔵 (c)Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833

“レオナール・フジタ”の名でも知られる近代を代表する画家・藤田嗣治。その作品はピカソも一目置くほどオリジナリティーに富み、世界が注目した。エコール・ド・パリを代表する唯一の日本人画家としてモディリアーニやジャン・コクトーらとも交流があった。没後50年を機に開催される回顧展では、藤田が生涯友としたという猫が描かれた作品も多数見ることができる。

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 戦前にパリに渡り、人生の約半分を彼の地で過ごした藤田嗣治。後にエコール・ド・パリの寵児となる藤田の名を有名にしたのは、「乳白色の裸婦」である。白く輝く滑らかな絵肌に、日本の面相筆と墨で流れるように繊細に描かれた輪郭線。この二つが相まって藤田作品が特徴づけられ「素晴らしい白い下地(grand fond blanc)」と絶賛。乳白色の裸婦は藤田作品の代名詞にもなった。

 藤田は猫も多く題材にしている。

「私はよく猫を描く。画室にいる時モデルがないと猫を描くのである。サイン代りに猫を描くこともある」と著書『地を泳ぐ』にも著しているように、友として、そしてモデルとして接していた。

 猫を飼い始めたのは気まぐれであった。夜遅く“歩いての帰りみち、フト足にからみつく猫”がいて、不憫に思い連れて帰って飼い始めるうち数が増え、終始画室の中にいるようになったのだという。裸婦で有名になった藤田は、もう一つのテーマに猫を選んだのだ。

 あるとき、藤田は「女と猫とを描くのはどんな関係ですか?」と新聞記者に聞かれ、こう答えた。

「女はまったく猫と同じだからだ。可愛がればおとなしくしているが、そうでなければ引っ掻いたりする。御覧なさい、女にヒゲとシッポを附ければ、そのまま猫になるじゃないですか」(『巴里の昼と夜』から)

 生涯で5人の女性と暮らした藤田。その誰からもインスピレーションを受け、画風にも影響を受けた。一方、猫たちもリラックスし信頼してモデルになっている。藤田が愛した猫や女性への、熱くて、それでいて優しい眼差しを、それぞれの絵から感じることができる。


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