懐かしい日本と現代のモダンな感性が合わさった雰囲気を醸す、源泉100%の露天風呂は温泉通の山口瞳も気に入っていた
懐かしい日本と現代のモダンな感性が合わさった雰囲気を醸す、源泉100%の露天風呂は温泉通の山口瞳も気に入っていた
坪庭を望む掘りごたつ付きの部屋「華葉亭」
坪庭を望む掘りごたつ付きの部屋「華葉亭」

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる連載「文豪の湯宿」。今回は山口瞳の「葉山館」(山形県・かみのやま温泉)だ。

【写真】懐かしい日本と現代のモダンな感性が合わさった露天風呂

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 肺癌(がん)を患っていた山口瞳が亡くなったのは平成7年、68歳だった。担当医師から「最後にご夫婦で一番行きたいところへ」という外出許可をもらった際に選んだのが葉山館だった。地方競馬を好み、中でも上山競馬場を愛した売れっ子作家は、訪れるたびにこの旅館を利用していた。

 遺作となった『江分利満氏の優雅なサヨナラ』には、この最後の旅行で作家が抱いていた“不安”が書かれている。最寄り駅まで出迎えに来てくれる主人の顔が思い出せずにいたのだ。しかし、それは杞憂だった。

<案ずることはない。一発でわかった。笑顔がとてもいいんだ>

 最後の訪問に際し、山口瞳は手土産として主人にネクタイ、女将に扇子をプレゼントした。その扇子に震える手で「絶筆かなぁ」などと言いながら、アジサイの絵を描いたという。また「お客さんに渡してほしい」と自作の団扇(うちわ)を100本、女将に手渡した。「団扇は全部、お客様に差し上げてしまって。一つくらい残しておけば……と悔やまれます」(女将)

 かみのやま温泉で蕎麦や競馬を楽しみ、休養もして帰京。その約1カ月後、帰らぬ人となった。(文/本誌・鈴木裕也)

■葉山館(はやまかん)
山形県上山市葉山5-10

週刊朝日 2018年7月6日号