お母さんを団扇であおぐシーンがあったんですが、監督さんからは「団扇を3回あおいで時計を見て、台詞を言いなさい」と細かく指示されました。カットの長さやリズム、全部監督さんの頭の中に入っているんだとビックリしたことを覚えています。

 撮影の合間に一度だけ、監督さんと2人でお話しをする機会がありました。照明ができるまでの間のことです。

 私は「ひめゆりの塔」に出たばかりで、女優も社会人の一人として戦争や平和について考えないといけないと思っていました。でも監督さんは「僕はね、世の中のことにはあんまり関心がないんだよ」とおっしゃったんです。

 どういう意味なんだろうとずっと考えていました。何十年も経ってから、監督さんの語録について書かれた本を読んで気が付きました。特に社会問題をテーマに選ばなくても、人間をしっかりと描いていけば自然とそういった問題に触れられるということなんですね。ずいぶんと年月が経ってから、ようやく監督さんのお言葉の意味が分かったんです。(本誌・菊地武顕)

週刊朝日  2018年6月29日号