春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。JFN系FM全国ネット「サンデーフリッカーズ」毎週日曜朝6時~生放送。メインパーソナリティーで出演中です春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。JFN系FM全国ネット「サンデーフリッカーズ」毎週日曜朝6時~生放送。メインパーソナリティーで出演中です
とある地域寄席の打ち上げでの出来事(※写真はイメージ)とある地域寄席の打ち上げでの出来事(※写真はイメージ)
 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「会談」。

*  *  *

 私が前座の頃、とある地域寄席の打ち上げでの出来事。地域寄席とは落語好きな一般の方が催す、その地域に根付いた落語会のことです。わかりやすく言うと、地方在住の極端にポジティブな落語好きが「俺らの街にも落語家呼ぼうぜ! お前らも聴いてみろよ! めっちゃおもろいからよ! 一緒に呑めるし!」というようなアンダーグラウンドな秘密組織。

 某県のA落語会は30年以上続く老舗地域寄席。70代の席亭は元・落研で「本寸法の噺家しか認めん!」というゴリゴリの古典落語原理主義者です。

 そのA落語会の打ち上げに、隣町でやっているB寄席の席亭が現れたのです。B席亭は50代後半、古典だけでなく新作、色物さんも呼び、ここ10年ばかり落語会を催しています。B席亭は元々A落語会の会員だったのですが、引っ越しに伴いA落語会を抜け隣町にB寄席を起こした、いわば新興勢力。地方においてライバルの出現は、たとえ隣町でもお客さんの取り合いにつながります。AとBはここのところバチバチでした。

 打ち上げ場所に現れたB席亭に驚く会員たち。「私が呼んだんだよ」。A席亭は穏やかな口調で会員に説明しました。「修羅場だ……」。私の隣にいた会員さんがつぶやきます。そうか、それを察して出演者の師匠方は打ち上げに出ず帰っていったのか……。前座の私を置いて……。

 どちらの会にも出演したことがあり、なんとなくお互いのことを快く思っていないことも知っていた私。気まずい。B席亭は私に「去年はありがとうございました! またよろしくね! こないだも話したけど、やっぱり開口一番は本職の前座さんだと会が締まるよね!」と明るく言い放ちます。A落語会は開口一番に素人さんが一席披露します。と言っても主にA席亭が、いきなり二つ目クラスのネタをやり時間オーバーで下りてきて我々前座が尻拭いをするという……。酔っぱらってB寄席の打ち上げで私が愚痴ったことをばらすB席亭。余計なことを……。

 
 A席亭「朝左久さん(私の前座名)はB寄席にもよく出られてるけど、率直に言ってどちらの会がやりやすいですか?」

 率直すぎるだろ。A落語会の打ち上げは前座に説教に近いダメ出しをする会員がいて殺意を覚える。B寄席は2次会、3次会まで続き前座をこきつかう。打ち上げに関してはどっこいどっこいで最悪だ。それは言うまい。「どちらも最高ですよ。勉強の場を頂きありがとうございます……」と模範解答。

 B席亭「そんなこと聞かれても困るよね! まぁ、とりあえず呑みましょうよ」。他の会員は我々3人を遠巻きに見るばかり。3時間が経ちました、いや経ったらしい。話によると最終的に3人で泣いていたそうです。私が断片的に覚えている会話は、A「私は志ん生・文楽を生で聴いている!」B「あんたの落語みんなの迷惑なんだ!」 私「正直、あんたたちどっちも噺家からの評判はよくないよ!」 3人「やっぱ落語って最高だよね!」。そして涙、涙……。

 三者会談の結果、私の二つ目昇進の御披露目会をA・B合同でやるという決議でお開きになったはずなのに、10年以上経った今も約束は果たされていません。どうなってんだ、!? 約束守れよー、両首脳!!

週刊朝日 2018年4月6日号

著者プロフィールを見る
春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

春風亭一之輔の記事一覧はこちら