例えば、元広島カープの黒田博樹投手はかつて、約20億円ともいわれる米大リーグのオファーを断って広島に復帰した。損得計算をすれば、大リーグに残る選択肢が経済合理的だったでしょう。しかし、その道を選ばなかったことで、ファンの心は強く動かされた。

 また、東日本大震災で首都圏に多くの帰宅難民が出た時、早々とシャッターを閉めた施設がある一方で、家に帰れない顧客への開放を判断した施設があった。施設側の事情は個別に様々だっただろうが、究極的な状況に置かれたとき、人や組織の判断は分かれる。こうした価値判断に基づく行為に人の心は動かされます」

――立派な理念を持つ企業が、経営危機や不正に至るのはなぜですか

「シャープは『二意専心(創意と誠意を重んじる)』というユニークな理念を持ちながら、それを無視して損得勘定に走り、危機に陥りました。東芝は経営陣が『チャレンジ』という言葉を使って、経済合理性を追求し、従業員に不正を強いました。
 経済合理性だけで動くと、視野が狭くなったり、不条理に陥ったりします。一方で、経済合理性のない哲学的なマネジメントは空虚であり、会社はいつか倒産するでしょう。そこで、両者を重層的に組み合わせることが必要です。まず徹底的に損得計算をしたうえで、その結果に従うことが正しいかどうかを価値判断することが重要になります」

次のページ