カメラマン/柏原 力
カメラマン/柏原 力
「遠藤平蔵」に学ぶ「他者や自分の涙に寄り添う心得」
「遠藤平蔵」に学ぶ「他者や自分の涙に寄り添う心得」

 どてらを着た怖い顔の野良が、夜な夜な「泣く子はいねが~」と街をさまよう──。8コマ漫画『夜廻り猫』の人気が高まっている。単行本はシリーズ累計で30万部を突破。東京・日本橋での作品展も盛況だ。大ファンの一人、コラムニストの石原壮一郎氏が人気の秘密に迫った。

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「マダムキラー」という言葉がありますが、キラーの方向性は違うものの、この『夜廻り猫』は、まさに「おじさんキラー」です。

「猫が主人公の漫画」というだけで「好みじゃない」と敬遠している場合ではありません。一話8コマで繰り広げられる切なくもあたたかいドラマは、おじさんの涙腺を強烈に、かつ心地よく刺激してくれます。

 主人公は野良猫の遠藤平蔵。「泣く子はいねが~」と言いながら、子猫の重郎とともに夜の街を廻り、「涙の匂い」を嗅ぎつけます。

 作者は『エデンの東北』や『カンナさーん!』などで知られる深谷かほるさん。2015年10月、コピー用紙にサインペンで、枠線をフリーハンドで引いて描いた一本が始まりでした。作者のツイッターで発表するとたちまち共感と支持が拡大し、やがて単行本に。

 17年春には第21回手塚治虫文化賞短編賞を受賞するなど、人気も評価もどんどん高まっています。この11月22日には第3巻や関連本が発売され、作品展もスタートしました。

 何を隠そう、この漫画で泣くという点で、おじさんほど恵まれた立場の人たちはいません。おじさんだからこそ深くわかる、おじさんだからこそ強く響く要素が詰まっています。

 260話では、夜道を並んで歩いている母と娘が登場。娘は自分の不用意な言葉が両親の離婚を招いたと後悔しています。母が後悔しているのは、若い頃の自分の弱さが娘にそれを言わせてしまったこと。母は言います。

「生き直せるなら今度は何より強い人間になる そしてあの人と結婚する」

 不思議そうに「またあの人と結婚するの?」と聞き返す娘に対して、母は力強く「もちろん! だってあなたに会えるもん」と。

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