レオン・ラッセルが夢を実現させた遺作の聴きどころ (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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レオン・ラッセルが夢を実現させた遺作の聴きどころ

連載「知新音故」

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小倉エージ週刊朝日#小倉エージ#知新音故
ダミ声を発する“正体不明の怪人”で“ロマンチスト”のレオン・ラッセル

ダミ声を発する“正体不明の怪人”で“ロマンチスト”のレオン・ラッセル

レオン・ラッセルの新作アルバム『ラスト・レコーディング~彼方の岸辺で』

レオン・ラッセルの新作アルバム『ラスト・レコーディング~彼方の岸辺で』

 レオン・ラッセルが74歳で他界してまもなく1年。新作アルバム『ラスト・レコーディング~彼方の岸辺で』が遺作として発表された。

 昨年11月13日、米ナッシュビルの自宅で亡くなった。死因は明らかにされなかったが、同年7月に心臓発作を起こし、バイパス手術を受けていた。それ以前からアルバム制作に取り組んでいたという。

 正体不明の怪人のような風貌。ダミ声でアクが強く、豪快で野性味あふれる歌いぶりが人気を得た。一方で、甘く親しみのあるバラードも手がけ、ソングライターとしての評価も高かった。

 その存在が知られるようになったのは1968年頃からデラニー&ボニー&フレンズをサポートし、続いてフレンズの主要メンバーを引き連れてマッド・ドッグス&イングリッシュメンとしてジョー・コッカーのバックアップをしてからのことだ。

 42年、オクラホマのロートン生まれ。4歳頃からピアノを学び、14歳のときに年齢を偽ってプロ活動を始めた。16歳でロサンゼルスに進出し、ピアノ、ギターを手がけるスタジオ・ミュージシャンとして活躍。作曲、編曲、プロデュースも手がけたが、一般には知られていなかった。

 70年には、豪華ゲストが参加した『レオン・ラッセル』でソロ・デビュー。当初はアメリカ南部に根差すR&B、ブルース、ゴスペルなどの要素を取り入れたスワンプ・ロック的な音楽性を中心とし、カヴァー曲も多く手がけていた。翌年にはジョージ・ハリスンが主催したバングラデシュの救済コンサートへの出演も話題となり、共演したボブ・ディランのレコーディングにも参加した。

 同年には、デラニー&ボニー時代にボニー・ブラムレットと共作した「スーパースター」をカーペンターズが歌ってヒット。ソングライターとしての評価を高めた。その後、カーペンターズはレオンによる「ア・ソング・フォー・ユー」もヒットさせている。

 72年からはシェルター・ピープルを率い、ソロ活動に打ち込んだ。ライヴが評判を呼び、高い興行成績を収めた。この年に発表したアルバム『カーニー』から「タイト・ロープ」がヒット。そのB面「マスカレード」は77年にジョージ・ベンソンのカヴァーでヒットしている。その後、音楽的な幅を広げ、73年にはハンク・ウィルソンと称してカントリー・アルバムなども発表。75年の『鬼火/ウィロ・ザ・ウィスプ』も話題になった。


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