泣いたり嫌な思いをしたりしたことはよーく記憶しているのですが、絵になるような思い出はひとつも浮かばないのはどういうことでしょう。泣くほどのインパクトによってステキな瞬間がかき消されてしまった?

 6年生の長男は来年受験です。当人の意思で受験すべく塾に通っています。

 今年は家族旅行と塾の夏期合宿の日程があいにくかぶってしまい、「どっちに行く?」と聞くと、ちょっと考えてから夏期合宿を選びました。親としてはちょっと寂しい気はしますが、自分で決めさせました。

 6年生くらいで経験した旅の記憶は、大人になっても薄れることもないでしょうけど。だんだんその機会自体が減っていくのですねぇ。長男は「鹿児島で楽しいことがあったら写メで送ってね」と家内に言ったそうです。なんだかいじらしくもあり、まだまだ子供のようで、ちょっと嬉しく思います。

 ただその写メなんですが、休みが楽しすぎて、なんとなく送ってないまま、とうとう明日は最終日に。お父さんは最初のころの記憶がすでにありません。あるのは、次男がアイスクリームをしつこくせがむのでひっぱたいたら泣いたこと……くらい。

 ごめんよ、長男。お父さんもまだ子供のようです。受験終わったら、どっか行こう。

週刊朝日  2017年9月1日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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