大阪府の近鉄高架下では、主婦の父親とは別の人も中皮腫で亡くなっていた。30年余り文具店を営んでいた男性は04年に70歳で死亡した。経営者だったため労災の申請はできず、遺族は建物所有者の近鉄を提訴した。最高裁まで争い、高裁に差し戻された結果、大阪高裁は14年に約6千万円の賠償を認めた。

 この判決では近鉄が建物の危険性を認識し、安全対策を講じるべきだった時期について、国が吹き付け石綿に関する通知を出した1988年2月とした。

 ところが、石綿の除去や封じ込めなどの対策がとられていない建物は、いまも全国に多く残っている。

 国土交通省が5月に公表した推計によると、吹き付け石綿が多く使われた89年以前の民間の小規模な建物(床面積1千平方メートル未満)では、使われた可能性がある最大約8万棟のうち、最大約3万棟については対策が実施されていないという。

 3万棟という数字は驚きだが、危険な建物はこれだけではない。民間の大規模な建物(床面積1千平方メートル以上)では、使われた可能性がある約1万8千棟のうち、約5千棟で対策が未実施とみられる。ほかにも国や自治体など公共の建物でも、未実施のものが残っているとみられる。

 実態は十分把握できておらず、対策が実施されていない建物名の公表も遅れている。リスクがあることを知らないまま、危険な建物で働いたり暮らしたりしている人は、たくさんいる。

 対策を実施したという建物についても、適正に工事がなされているかどうか懸念がある。ずさんな解体工事で、周辺に飛散させるケースが相次いでいる。石綿の繊維は極めて細く軽いため、空中に長時間ただよいやすく、人が吸い込んでしまう恐れがある。

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