一つの工場だけでもこれだけの被害がある。各地の危険な建物によって、今後どのような被害が生じるのかは、計り知れない。

 肺や心臓を包む膜にできる中皮腫は治療が困難で、発症から1〜2年で亡くなることが多い。厚労省の人口動態統計によると、中皮腫による死者は1995年に1年間で500人だったが、2015年には3倍の1500人超に膨らんだ。累計で2万人を超え、ほとんどが石綿を吸い込んだことが原因とみられている。建物に居ただけの被害者数は正確にはわからないが、少なくないことは確かだ。

 石綿を巡っては、工場内の粉じんをとりのぞく装置の義務づけが遅れ、被害を拡大させたとして、国の責任が14年に最高裁で認定されている。石綿工場の作業員の健康を守れなかったずさんな対応が批判された。

 被害は工場の作業員だけでなく、建物に居ただけの人にまで拡大している。石綿が使われた建物が老朽化し、解体されるピークはこれからだ。危険な建物の把握や解体工事の適正化など、いま対策を急がなければ過ちを繰り返すことになる。

※アスベスト 天然の鉱物繊維で、細さは髪の毛の約5千分の1。石綿とも呼ばれ、安くて断熱性や耐久性に優れている。戦後に輸入された約1千万トンの大半が、建設資材に使われたとみられる。1975年に吹き付け使用が原則禁止となり、2004年に含有率1%超の製造・使用が禁止された。06年に含有率0.1%超に規制が強化されて原則禁止、12年に全面禁止となったが、吸引から中皮腫などが発症するまで数十年かかるため、被害者は今後さらに増える見通し。06年3月に施行された「石綿健康被害救済法」に基づいて病状が認定されれば、患者に医療費のほか療養手当(月約10万円)が、遺族には弔慰金など約300万円が支払われる。

週刊朝日 2017年7月28日号