石綿輸入量と中皮腫による死亡数の推移(週刊朝日 2017年7月28日号より)
石綿輸入量と中皮腫による死亡数の推移(週刊朝日 2017年7月28日号より)

 かつて多くの建物に使われたアスベスト(石綿)。吸い込めば数十年後にがんの一種である中皮腫(ちゅうひしゅ)などにかかる可能性があり、「静かな時限爆弾」と恐れられる。工場の作業員らの被害が知られているが、ひとごとではない。建物の中に“居ただけ”で被害者になる事例が相次いでいるのだ。ジャーナリスト井部正之氏がその実情を伝える。

*  *  *
「まさか自分の父親が石綿の病気になるなんて……」

 そう語るのは大阪府在住の主婦(39)だ。父親は府内にある近畿日本鉄道の高架下の喫茶店で店長をしていた。石綿を扱う仕事ではなかったのに中皮腫になり、2015年1月に66歳で亡くなった。労働基準監督署に出した労災申請の陳述書で父親はこう主張している。

〈1977年7月から2000年3月までの約23年間、私は近鉄高架下にあった喫茶店で店長として働いていました。その店舗は1階が喫茶店でしたが、2階が物置兼職員用休憩室となっていました。2階の壁面には青みがかったような灰色の吹き付け石綿が施工されていましたので、私が石綿を吸入したとすれば、それが原因であったとしか考えられません〉

 父親の死後の15年5月に労災の認定を受けた。遺族が開示請求で入手した資料によると、労基署の調査でも喫茶店について、

〈店舗2階は高架下のため、電車通過の振動で高架橋に吹き付けられたアスベストが飛散することが予測される。06年2月にシール工事が施工されていることから、それ以前は、アスベストが飛散していた可能性は十分考えられる〉

 と危険性を認めていた。主婦はこう振り返る。

「父の喫茶店が大好きで、子どもの時から2階にも行っていましたし、高校生の頃は時々手伝っていました。2階の壁がボコボコした感じだったのは印象にありますが、吹き付け石綿だったとは知りませんでした。そこに居るだけで危険があるなんて当時は考えもしなかった。体調が悪くなったり、せきが出たりした時、もしかしたら自分もと急に怖くなることがあります。建物に居るだけで被害者になるかもしれないことを、知ってほしい」

 実はこうしたケースは珍しくない。

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