落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「ネタ」。

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 寄席や落語会で「また◯◯かよ……」という顔をするお客さんがいます。◯◯は落語のネタ。

 そんなお客さんは、だいたい最前列でメモを取りながら聴いてる常連・落語マニアで、SNSやブログに「聴き飽きた」だの「勉強不足」だの辛辣な意見を書き込む人もいます。失礼を承知で言わせていただければ、「通いつめるキサマに問題あり!」。もっと言うと、「飽きてるようじゃまだまだ全然!」。

 聴き飽き抜いて、その先にはバカになっちゃう落語トランス状態が待っています。噺家と同じ間で噺をなぞれたり、「今日はここの言い回し違うね……」とか、ジャンキーな楽しみ方。同じネタ聴いて文句言ってるようじゃ、まだ甘いな。

 プロの噺家は、基本的に常に不特定多数・最大公約数のお客さんが笑えるネタをやるべきだと思うのです。ま、そんなネタを増やすのもプロの仕事なんですけど、これがなかなか大変。噺家も人間ですから安全パイについつい頼ってしまうの。

 私も落語に限らず、冒険が苦手で安パイに走りがち。

 映画なら『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。1年に何度か観ます。新作で後悔するより、ハリソン・フォードが猿の脳ミソや虫料理を振る舞われるの観てキャーキャー言っていたい。

 漫画も手塚作品と藤子作品。『火の鳥』と『アドルフに告ぐ』と『ドラえもん』と『まんが道』を棺桶に入れてくれ。

 ドラマは昔は『スクール・ウォーズ』。今なら朝ドラの『ひよっこ』しか観ない。私も乙女寮に入ってコーラスしたい。でも川浜高校には入りたくない。

 着るものは無印良品。靴はカンペールのスニーカー。髪形は近所の床屋さんで坊主。朝飯はアジの開きと目玉焼き。携帯はガラケー。酒なら寄席の近くの焼き鳥屋でホッピー。旅行なら温泉。パンツはユニクロのボクサートランクス。スパゲティはナポリタン。寝るのは畳に布団。枕は薄め。洗剤はアタック。おしゃれ着洗いはエマール。

 いつもの『ネタ』を頼んでおけば、ハズレなし。寿司ならウニ・ミル貝・しめサバかな……。

 
 北海道に行った時、某回転寿司チェーン店で『一番人気・こぼれイクラ軍艦』なるものを注文しました。いつもイクラは頼まないのに「こぼれ」にスケベ心をくすぐられ。大将の、

「あいよー! こぼれ一丁ッ!!」

 の叫び声を合図に、店員がカウンターの中にある大太鼓を「ドンドコドンドコドンドコ!!」と打ち鳴らし始めました。

 職人・ホール係の全員が手を止めて、鳴子を取り出しカチャカチャ鳴らしながら、「ジャンジャンジャンジャンっ!!」との掛け声を発し続けます。

 それに合わせて、軍艦にひたすらイクラをかけまくるという一大エンターテインメント空間……。店中の全てのお客さんが私と私の軍艦を見つめています。

「おまちどおさまですーっ!」

 皿にはイクラの小高い丘。恥ずかしすぎて味は覚えてません。

 慣れないものは手を出さないほうがいいな……とお会計を待ってると、隣の席のおじさんが、

「こぼれイクラ、太鼓なしで」

 と慣れた様子で注文してました。聞けば、一番人気でも「太鼓あり」は1日2、3回しか出ないらしい。早く言ってくれよ。

 落語も寿司も慣れない土地では手慣れたネタ。これ鉄則。

週刊朝日  2017年6月23日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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