ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、歴史的悲劇が生んだ「アイドル」を取り上げる。

*  *  *

 歴史モノには滅法弱い私ですが、いつの時代もどこの国でも、天下と権力を巡る裏切り・濡れ衣・腹いせ・見せしめは繰り返すということでしょうか。それにしても正男ちゃん、大河ドラマであれば軽く3週は引っ張るだろうところを、あんなにも呆気なく殺(や)られてしまうなんて。

 さて、このような社会的・政治的ニュースにおいてもアイドルは存在するというのが今週のお話です。『北のゆるキャラ・正男ちゃん』も、緊迫する北朝鮮情勢に、ひと時の癒やしを与え得るアイドルでした。表現として不謹慎な場面や事象かもしれませんが、アイコニックな『廻り合わせの妙と性(さが)』を持った人は出てくる。むしろ生息フィールドがネガティブな分、彼らこそが『真のアイドル』と呼べるのかもしれません。将軍様関係のニュースを読み上げる北のオバちゃんアナウンサー、大韓航空機撃墜事件の蜂谷真由美こと金賢姫、オウム事件の上祐史浩氏や横山弁護士、イメルダ夫人に尾上縫……。スキャンダルや犯罪、歴史的悲劇の傍らには、それらを象徴する『選ばれし逸材』が常にいます。

 今回の『正男暗殺』により、北朝鮮が抱える時代錯誤な病みと危うさを改めて痛感した次第ですが、北朝鮮と日本と言えばやはり拉致問題です。この未解決の国家的犯罪による悲劇に想いを馳せる時、どうしても忘れ難い人物がいます。拉致被害者の曽我ひとみさんです。2002年の小泉訪朝により5人の帰国が実現した当初、曽我さんは日本のメディアが把握する『リスト』には入っていない、言わばノーマークの人物でした。しかし我々日本人は、『拉致』に対する想定の向こう側を、彼女を通して知ることとなります。

 羽田に着いた際の曽我さんに笑顔はありませんでした。いっしょに拉致されて行方知らずになったままのお母様の存在、向こうで結婚したアメリカ人のご主人と娘さんたちが、北に残され事実上の人質となっている状況。ただ本人さえ帰国すれば『めでたしめでたし』なわけではないことを、私たちは認識し途方に暮れました。

 
 故郷・佐渡島でお父様と再会を果たし、初めて号泣した曽我さん。徐々に心解かれていく中、故郷の人たちに向けて曽我さんが読んだあいさつがあります。『ひとみが帰ってきました』『空も、土地も、木も、私にささやく……』。明らかに拙くなってしまった日本語は、拉致の非道さを表す一方で、御自身を「ひとみ」と呼び、どこか西洋的に感じる表現のちぐはぐさが印象的でした。

 しかし、夫・ジェンキンスさんを迎えにインドネシアへ赴き、タラップの下で、映画『ボディガード』さながらの熱い口づけを交わした曽我さんの姿を観た時、私は悟りました。曽我さんは、世界中に『北朝鮮による拉致』という事実を極めてキャッチーに知らしめるために、あえて人目を憚らずキスをした。と同時に「拉致され、25年近く北朝鮮に暮らしていても、西側の感性は失われるどころか、むしろ洗練させることもできる」、そんな『人間の逞しさ』をも証明してみせたのだと。

 不幸や悲劇の上に築かれた『幸せ』ほど強いものはありません。そして曽我さんが体現してくれた『選ばれし性(さが)』を無駄にしてはならない。

 アイドルとは『メッセージ』なのです。

週刊朝日 2017年3月10日号

著者プロフィールを見る
ミッツ・マングローブ

ミッツ・マングローブ

ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する

ミッツ・マングローブの記事一覧はこちら