冷や汗が止まらなかった過激な暴走族の取材(※写真はイメージ)
冷や汗が止まらなかった過激な暴走族の取材(※写真はイメージ)

 本誌「週刊朝日」は今号で通巻5423号を刊行し、総合刊誌の中で最も長い歴史となる95周年を迎えた。膨大となったバックナンバーをめくれば、そこには激動の時代が。近代化した1970年代はおおらかな世の中だったようだ。

■1970年代
元日本兵「君は戦争を知らない」
ヒゲの殿下「なぐり返すだけよ」

 消費社会が本格化し、コンビニやファストフード店が続々と出店。マイホーム志向が高まり、海外旅行者も急増した。歩行者天国はソフトクリームをなめる若者でにぎわう──。敗戦の記憶も遠くなりつつあった70年代、日本中が仰天するニュースがあった。

 72年、米領グアムの密林に潜んでいた元日本兵・横井庄一が救出されたのだ。さらにその2年後、フィリピンのルバング島から小野田寛郎が帰還する。

 本誌は74年3月15日号「酔うように日本語をしゃべり続けた小野田元少尉」と翌週号「小野田元少尉“救出ドラマ”のすべて」で、小野田の“救出劇”を現地から特報した。

 情報将校だった小野田は、密林で自給自足の生活をしながら「戦闘」を続けていた。72年に生存情報が寄せられ、捜索隊も出たが、敗戦を信じなかった。

 小野田の心をほぐしたのは、74年2月に単身で現地入りした“放浪青年”鈴木紀夫だった。背後から銃をつきつけた小野田と、鈴木のやりとりはこうだ。

<「その銃は、三八式ですか」と、“戦後っ子”の鈴木青年が聞くと、少尉殿は、カラカラと笑っていった。「君は、戦争のことを何も知らないようだな。九九式だ。三八式というのは、銃身がもっと長いよ」>

 二人は食事を共にする。

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