ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏。ドナルド・トランプ次期大統領にあるインターネットサービスを行っている団体が危機感を募らせているという。

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 トランプ大統領の誕生はネット業界に大きな不安と影響をもたらしている。思いも寄らぬ余波を受けたのは、インターネット上のウェブページを「本」に見立て、1996年から世界中のすべてのウェブページを永続的に保存・提供する米国の非営利団体「インターネット・アーカイブ」だ。同団体は「ウェイバック・マシーン」というウェブページを時系列に沿って遡(さかのぼ)れるサービスを無償で提供。現時点でおよそ3億6千万のウェブサイト、2790億にも及ぶウェブページを保存、週に3億ウェブページのペースでデータを増やしている。

 11月29日、同団体の創立者であるブリュースター・ケール氏がトランプ次期政権に備えて、カナダにデータをバックアップする計画を、同団体のブログで明らかにした。そのブログ記事はこのような書き出しで始まっている。

「図書館の歴史は喪失の歴史である。かのアレクサンドリア図書館が失われたように。われわれ図書館は、地震や政権、組織運営の失敗など、様々な理由で断絶してしまう」

 紀元前300年ごろ建ったアレクサンドリア図書館は、世界中の文献や優秀な学者が集まった古代最大にして最高の学術の殿堂だったが、火災や侵略など中東の苛烈(かれつ)な歴史の中で最終的に建物自体が失われた。ケール氏はその経緯を踏まえ、所蔵データが喪失される脅威に備えて、保存したウェブページのデータをバックアップする必要性を説いているわけだ。だが、なぜ米国ではなくカナダを選んだのか。ブログでは、トランプ次期政権を危惧する、意味深な言葉が続く。

 
「11月9日に目を覚ますと、次期政権が急進的な変化を約束していた。このことは我々のような組織に、変化に備えなくてはならないと警告する」

 この発言の背景には、選挙戦中のトランプ氏の言動がある。過激派組織ISによる若者の勧誘を防ぐために「インターネットを一部閉鎖すべきだ」と発言したり、エドワード・スノーデン氏が告発したことで注目を集めた、アメリカ国家安全保障局(NSA)による通話情報やメタデータなどの重要なプライバシー情報の収集について「合法化に賛成だ」とも発言したりしている。

 つまり、トランプ氏は検閲やプライバシー侵害を辞さない姿勢を示しているということだ。その姿勢のまま政権運営に臨むのであれば、インターネット・アーカイブのような「表現の自由に立脚する機関」の存立が危ぶまれることになるため、不測の事態に備えて国外にバックアップを置くことを宣言したのだ。

 同団体は、大統領選挙のテレビCMや、過去3年間のニュース番組映像などもアーカイブしている。多くの報道関係者やメディア研究者から重宝されている。ネットによって情報流通の国境がなくなった今だからこそ、こうした取り組みの重要性も日増しに高まるばかりだ。同団体を支援する国際的な枠組みが求められている。

※週刊朝日 2017年1月6-13日号

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津田大介

津田大介

津田大介(つだ・だいすけ)/1973年生まれ。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ウェブ上の政治メディア「ポリタス」編集長。ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる。主な著書に『情報戦争を生き抜く』(朝日新書)

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