天皇陛下の「お気持ち」表明を受けて、政府が皇室典範ではなく特別措置法の改正を選択しようとしている。ジャーナリストの田原総一朗氏はその真意に迫る。
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8月8日の午後3時から、約10分間、天皇がビデオメッセージで「お気持ち」を表明された。
私は1945年8月15日に昭和天皇の「玉音放送」を聴いた。太平洋戦争で、軍の幹部は最後まで本土決戦を敢行するつもりでいた。それを昭和天皇が、それこそ生命の危険にさらされながら、戦争を終えると国民に必死で訴えたのであった。
私は8月8日の「お気持ち」表明に、それに匹敵する重さを感じていた。天皇の必死さがはっきり伝わってきたからだ。7月13日にNHKが、天皇が「生前退位」の強い意向を抱いていると報じたとき、保守・右派の学者や政治家には「生前退位」など皇室典範に定められておらず、それを表明するのは憲法第4条違反だとする意見が少なからずあった。
さらに、保守・右派の学者や政治家たちの多くは「生前退位」そのものに反対だった。明治以前には、天皇の「生前退位」が少なからず行われていた。だが、「生前退位」が認められると、時の権力者が気に入らない天皇を外すために「生前退位」が使われ、また天皇が上皇となって勝手な振る舞いをすることもある。そうした弊害をなくすために、明治になって伊藤博文が、天皇を終身制にしたのだというのである。
天皇は、保守・右派の学者や政治家の多くが「生前退位」に反対しているのを百も承知で、あえて「お気持ち」を表明し、国民に必死で訴えられたわけだ。天皇が「重病などによりその機能を果たし得なくなった場合」にその行為を代行するとされている摂政を置けばいい、との主張もあるが、天皇は「お気持ち」の中で、こうした選択肢を否定している。
9月8日の朝日新聞は「政府は将来の退位を強くにじませた天皇陛下のお気持ち表明を受けて、いまの天皇陛下に限って生前退位を可能とする特別措置法を整備する方向で検討に入った」と、1面トップで報じた。「皇室制度のあり方を定める皇室典範は改正しない方針で、早ければ来年の通常国会に法案を提出したい考えだ」という。
だが、天皇は「お気持ち」の最後で、次のように述べられている。
「これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。国民の理解を得られることを、切に願っています」
天皇は、あきらかに特別措置法ではなく、正式の皇室典範の改正を訴えているのである。
そして皇室典範の正式な改正となると、小泉純一郎内閣で中断した女性・女系天皇問題や、野田佳彦内閣で中断した女性宮家の問題を検討しなければならず、もしかすると政府はそれを回避するために、特別措置法を選ぼうとしているのかもしれないが、それこそ天皇の「お気持ち」に反することではないだろうか。
※週刊朝日 2016年9月23日号
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