サンミュージック50周年 タレント第1号で事務所名の由来となった森田健作 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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サンミュージック50周年 タレント第1号で事務所名の由来となった森田健作

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「でも展開があまりに早くて大変でした。11月25日に相手役に決まり、翌日26日に衣装合わせと挨拶回り。翌々日27日には新宿御苑でクランクイン(笑)。そのクランクインの日が事務所の創立になりました。事務所の場所は新宿区四谷三光町。机と椅子を二つずつ置くともういっぱいの狭いスペースでしたが、窓から明るい光が差し込んでいた光景を今も覚えています」

「夕月」は69年1月に無事に封切りされヒット、同4月には「夕陽の恋人」で森田はRCAビクターからレコードデビューも果たし、人気が出始めると、相澤氏はこう言いだしたという。

「事務所は1人でなく数人のタレントがいて助け合うほうがいい」

 そして新宿の靴屋で店員をしていた目のきりっとした17歳の少年を、自らスカウトしてきたという。

 歌手をめざして神戸から上京してチャンスを狙っていた野村将希(旧芸名・真樹)だ。にしきのあきらのライバルとして活躍し、デビュー曲「一度だけなら」は日本レコード大賞新人賞を獲得した。このときも相澤氏の“勘”が炸裂した。

「『一度だけなら』は前川清がボーカルを務める内山田洋とクール・ファイブのアルバムにあった曲なんです。本当は野村将希のデビュー用に星野哲郎先生が『涙をかついで行こうよ』という詞を書き下ろしてくださったんですが、『野村に合わない』と相澤が悩んでいた。そんなとき、車中で将希がたまたま『一度だけなら』を口ずさんだのを相澤が聞いて、『それだ!』と膝をうったんです」

 野村の契約したレコード会社はクール・ファイブと同じRCAビクターだったので、曲をもらう話はスムーズに進み、A面を飾った(「涙をかついで~」はB面になり初出演した番組で披露)。ちなみに、内山田洋とクール・ファイブの「そして、神戸」は、もともと野村のアルバムにあったものをクール・ファイブが気に入り、カバーしたのだという。曲の交換で、それぞれが大ヒットしたのだ。

 負けじと森田も青春ドラマ、日本テレビ「おれは男だ!」が大ヒット。

「主題歌『さらば涙と言おう』もヒットしたので広めの部屋に引っ越したんです。でもほとんど窓がない日当たりの悪い部屋だった。移ったとたんに野村が撮影中に落馬して入院、森田も撮影中にライトが頭に当たって入院! その後、四谷4丁目に新たなビルが建ったので心機一転、72年に転居しました。とても日当たりの良い部屋で、越したとたんに次なる“スター”が入ってくる。相澤と、サンミュージックはやっぱり窓が重要だねと話したものです」(一部敬称略)(本誌・藤村かおり)

週刊朝日  2016年8月12日号


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