抗がん剤や放射線で手術可能なところまで持っていく場合、どういう「戦略」をとるかは医師の判断による。藤井医師は、フォルフィリノックスよりも副作用が軽いナブパクリタキセルから使用することが多い。

 山本さんにはナブパクリタキセルがよく効き、がんが小さくなっていった。約8カ月後には、膵臓のがん部分やリンパ節などを手術で切除。手術後から再発予防のための抗がん剤治療を受けているが、今も再発はなく、「5年生存率0%」回避の可能性が高い。週に1回の抗がん剤治療に、前向きに取り組んでいる。

 注目されている治療のもうひとつは、腹膜播種に対する新しい治療だ。腹膜播種とは、がん細胞が発生した臓器とは別の臓器などを覆っている膜に、がんが飛び火している状態だ。

 しかし藤井医師は、関西医科大学との共同臨床研究として、胃がんや卵巣がんで成果を出している治療法を応用している。

「おなかにリザーバーという差し入れ口を設け、そこから腹腔内に直接、抗がん剤のパクリタキセルを投与します」(藤井医師)

 多くの薬が血管や粘膜を通して薬剤を浸透させるのに対し、がんに向かってダイレクトに薬を付けるということになる。

 藤井医師と共同研究チームは、膵がんで腹膜播種になっている33人に実施。8人が不可能だった手術を受けられるようになった。この内容は、世界的に権威のある医学雑誌「Annals of Surgery」に掲載された。

「ただし、腹膜播種は小さいのでCTでも見つからないことが多い。なので私は、進行膵がんであれば審査腹腔鏡もおこないます」(同)

 審査腹腔鏡は、CTなどの画像診断では検出できない腹膜転移を診断できる。腹膜播種が見つからなければ、抗がん剤や放射線で手術可能に持っていく。治療方針が大きく変わるので必須の検査だという。

「膵がんで手術不可能だと言われても、決してあきらめないでほしい。『治療が難しい』と言われても、ぜひセカンドオピニオンを受けてください」(同)

週刊朝日  2016年6月17日号より抜粋