伝説の女性とされ、その名をよく知られた存在だった「ヨコハマメリー」…(※イメージ)
伝説の女性とされ、その名をよく知られた存在だった「ヨコハマメリー」…(※イメージ)

 社会風俗・民俗、放浪芸に造詣が深い、朝日新聞編集委員の小泉信一氏が、歴史の表舞台に出てこない昭和史を大衆の視点からひもとく。今回は、伝説の女性とされ、その名をよく知られた存在だった「ヨコハマメリー」の物語。

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「パンパン」という言葉をご存じだろうか。現在ではほとんど死語だが、戦後の日本に広まった俗語で、田村泰次郎の小説『肉体の門』にも登場した。差別的、侮蔑的な意味合いが含まれており、「パンパンガール」とも「パン助」とも呼ばれたが、主に「米兵の袖を引く街娼」という意味が込められている。

 焼け野原になった日本の都市。食うため、生きるため、家族を養うため、やむなくパンパンになった女性が多かった。国の中身がガタガタになり、社会全体が荒っぽくなっていた時代。浮浪者が多かった東京の上野公園には「男のパンパン」もいたそうである。

 語源については諸説ある。戦後の闇社会に詳しかった風俗ライター、吉村平吉さん=2005年、84歳で死去=は「パン2個でついてくる尻の軽さから」と笑って私に言っていたが、さすがにそれは冗談だろう。「パンパンと手をたたいて女性を招いた」という説や、インドネシア語で女性を意味する「プロムパン」がなまったという説などを紹介しているのが、伊藤裕作著『ドキュメント 戦後「性」の日本史』(双葉社)。だが、どれも確証はない。

 いずれにしても、あの時代、世相を反映したさまざまな言葉が生まれては消えた。「パンパン」をもじった「洋パン」「和パン」「黒パン」もあった。「パングリッシュ」とは、街娼たちが米兵に対して使った独自の英語のことだ。「オンリー」という隠語もあった。特定の人物の専属になる行為、またはその人のこと。「バタフライ」という言葉には、蝶々のように、男から男へと飛びつくという意味が皮肉交じりにこめられていた。

 前置きが長くなった。

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