「アア翅(つばさ)が欲しい、羽が欲しい、飛んで行きたい」という言葉は、八重垣姫がその計画を知ったときの悲痛な叫びです。八重垣姫は勝頼を助けたい一心で、館に祭られた武田家の兜を手に祈りを捧げます。すると奇跡が起こります。兜に宿った狐の霊が八重垣姫に乗り移り、凍結した冬の諏訪湖の上を飛ぶように渡って勝頼のもとへ行けるのです。

 私は今回、奥庭狐火の段を務めます。八重垣姫の勝頼に対する狂おしいほどの愛を表現するには、奇麗に語るのではなく、気持ちを前面に押し出して感情を伝えなければいけません。我が身を捨てて物語を生かす、そのような覚悟で務めたいと思います。

 また、この段の三味線を務める鶴澤藤蔵(つるさわ・とうぞう)、ツレ弾きの鶴澤清志郎(せいしろう)、琴の鶴澤清馗(せいき)は、同じ芸統(竹本綱太夫家・鶴澤清六家)を継承するいわば一門。この四人で舞台を務めることも特別な思いがあります。

 八重垣姫は、鎌倉三代記の時姫(ときひめ)、祇園祭礼信仰記の雪姫とともに人形浄瑠璃の“三姫”の一人とされます。蓑作の経歴詐称を見抜き、湖を渡る。愛の深さでどんな困難も乗り越える八重垣姫の姿から、「最後に愛は勝つ」という不変の真実を感じ取っていただけましたら。

豊竹咲甫大夫(とよたけ・さきほだゆう) 
1975年、大阪市生まれ。83年、豊竹咲大夫に入門。今回の中日文楽では「仮名手本忠臣蔵」の身売りの段、「本朝廿四孝」の奥庭狐火の段を務める。

※「本朝廿四孝」は5月28・29日、名古屋・中日劇場。午後4時開演。料金や空席状況など詳細は中日劇場予約センターまで。(構成・嶋 浩一郎、福山嵩朗)

週刊朝日  2016年4月29日号