竹内まりやも「希有な存在」と評す 没後30年、岡田有希子とは何だったのか (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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竹内まりやも「希有な存在」と評す 没後30年、岡田有希子とは何だったのか

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今なおファンが大切に保管するグッズの数々(撮影/写真部・長谷川唯)

今なおファンが大切に保管するグッズの数々(撮影/写真部・長谷川唯)

 1984年のデビューからわずか3年の活動期間で絶大な人気を誇り、そして突然に自死したアイドル・岡田有希子(没年齢18、本名・佐藤佳代)──。3月のある週末、彼女が眠っている成満寺(愛知県愛西市)を訪ねると、彼女の墓石だけたくさんの供花に囲まれていた。同寺の住職は言う。(文中敬称略)

「この30年間、彼女のお墓だけは一度も花を枯らしたことがありません。毎日のようにファンがいらっしゃいますし、今日も彼女に宛てた手紙を送ってきた方がいました」

 86年4月8日の正午過ぎ、彼女は所属していたサンミュージックが入居していたビルの屋上から飛び降りた。後追い自殺する熱狂的ファンが相次ぎ、それは「ユッコシンドローム」と呼ばれた。

「うちのお寺にお参りに来たファンの方の遺体が、数日後に木曽川で発見されたこともありました。のちに遺族がみえて、『どうしてひとりのアイドルのために死ななあかんの?』と泣きつかれました。お気の毒で、悲しい出来事でした」

 ファンの間で佳桜忌と呼ばれる毎年の命日には自殺の現場となった東京・四谷のビルの前で献花と黙祷をし、当日のうちに有志が花をまとめ、新幹線に乗って成満寺まで運ぶ。彼らの到着を待って、住職がお経をあげ、法話をするのが佳桜忌の慣例となっている。


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