高齢ドライバーによる事故の増加を受け、国は今年6月、道交法を改正し、対策強化に乗り出した。新制度では、免許更新時に認知症の恐れがある場合は医師の診断書の提出が義務付けられ、診断結果次第では免許停止か取り消しとなる。ただ、改正道交法は2017年6月までに施行予定で、検査対象も75歳以上。認知症は75歳未満でも発症する上、免許更新は間隔があくため、改正法でこうした事故が防げるかは怪しい。

「1人で外出して徘徊する可能性のある夫に対する妻の監督は、十分でなかった点がある」――。認知症高齢者の事故責任が家族に及ぶ判決が、昨年4月、名古屋高裁であった。妻(91)が目を離した隙に徘徊症状のある認知症の夫(当時91)が自宅を出て電車にはねられて死亡、鉄道会社が家族に振り替え輸送費や人件費などの賠償を求めた控訴審だ。介護していた妻の過失を認め、約360万円の支払いを命じた判決は多くの人に波紋を広げた。

 同事故は自動車事故ではなく日常生活の中で起こったものだが、この判決を機に、保険にも動きが出始めている。三井住友海上火災保険とあいおいニッセイ同和損害保険は10月から、自動車保険や火災保険、傷害保険に特約としてつける「個人賠償責任保険」の契約内容を改め、これまでの対象範囲(契約者、配偶者、同居している家族、別居している未婚の子ども)に、新たに「契約者の監督義務を負っている人」を加えた。つまり、同居、別居に限らず監督義務のある人が適用対象となる。年間の保険料は千~2千円程度で、保険金は1億円から設定できる。

 個人賠償責任保険は、日常生活における偶然の事故で第三者に損害を与えた場合、相手に支払う賠償金をカバーするもの。先の名古屋高裁での事案のように、線路内に誤って侵入し車両に損傷を与えたり代替輸送が発生した場合や、夜間の徘徊で走行中の自転車と接触して相手にけがを負わせたなどの例も保険金が下りる。これまでも認知症患者らの家族がリスク対策として本人を加入させるケースは見られていた。

 ただ、名古屋高裁の判決以来、家族に賠償責任が及ぶ判例は出ておらず、「需要を見込んだが、実際に適用されることは少ないかもしれない」(三井住友海上火災保険担当者)という。

 認知症の人が交通事故を起こしてしまった場合でも、自動車保険(任意保険)に加入していれば、認知症を理由に保険金が不支給になることは基本的にはない。ただし、本人に責任を問える状態であるかが問題となる可能性があり、本人に責任能力なしと判断されれば後見人などの監督義務者が責任追及される。こうした場合を想定して、個人賠償責任保険に加入しておくと安心だ。また、現在は任意保険に加入できていても、認知症状の進行度合いによっては、保険会社から次の更新を拒否される場合も考えられる。

(本誌・松岡かすみ)

週刊朝日 2015年11月20日号より抜粋