伊勢神宮近くで、実際に起きた事件が題材に…
伊勢神宮近くで、実際に起きた事件が題材に…

 実際に起こった殺人事件をもとにした「伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)」。次世代を担う文楽太夫の一人、豊竹咲甫大夫さんがその魅力を紹介する。

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 9月に東京の国立劇場で上演する伊勢音頭恋寝刃は、1796年に伊勢神宮近くの遊郭で起きた実際の殺人事件が題材になっています。お伊勢参りは、江戸時代に庶民の間で一大ブームになった人気行事でしたから、スケールで言えば東京ディズニーランドで事件が起きたようなもの。ワイドショー感覚で、世間の耳目を集めたといいます。

 事件を起こした福岡貢(みつぎ)は、伊勢神宮に仕える御師(おんし)でした。御師とは当時の旅行代理店のような存在。庶民は伊勢へお参りしても神宮内の参拝が許されず、門前の宿などに設けられた仮の神前でお祓(はら)いを受けるのが一般的でしたので、御師がそうした参拝客の宿や遊郭の手配をしていたようです。

 ある時、貢は名刀・青江下坂とその折紙(鑑定書)を探す依頼を受けます。やがて刀は手に入れたものの、折紙が見つからない。どうも岩次という男が隠し持っていることを突きとめた貢は、恋仲にあった遊女のお紺を岩次に近づけます。お紺は愛する貢のために遊郭で岩次と偽りの祝言まで挙げ、折紙の略奪に成功。

 これで一件落着のはずでしたが、遊郭へ顔を出した貢を悲劇が襲います。持っていた名刀を岩次に別物とすり替えられるのです。そして、岩次に味方する遊郭の仲居・万野(まんの)にあらぬ罪を着せられ、罵詈雑言を浴びせられ、揚げ句の果てにお紺にフラれてしまいます。

 貢は肩を落として帰路に就きますが、道中で刀がすり替えられたことに気づき、ブチ切れ。遊郭へ戻り、言い争った弾みで万野を斬殺。そこから理性をなくし、遊女やお客を次々と斬り倒していきます。

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