それで、つい2020年の東京オリンピックに向けた新国立競技場の話になってしまう(笑)。これまでの競技場は木々に囲まれて散歩道があって、人は過去にオリンピックが開かれたことも知らないで通り過ぎていった。実はそれが日常生活にとってとても大事なんですね。今度採用された競技場のデザイン案は、目前にむき出しのコンクリートの壁が威圧的にそそり立つ。競技開催中は人が集まりざわめくが、周囲の人とは無縁なのです。しかも実際に稼働するのは一年のうち50~60日。残りの300日は壁が立ちはだかる「沈黙の土木架構物」です。

 都市というものはできるだけ開かれて、建物と人間の間に、ヒューマンな雰囲気がつくられるべきです。新国立競技場の設計には、それがないんです。あまり楽しい場所にはならないと思うのです。

――槇さんは新国立競技場の基本設計案が公表された直後から、一部有識者会議による決定過程や競技場の規模について、疑義を呈してきた。約30年、全7期にわたって街づくりに取り組んだ「ヒルサイドテラス」、キャンパス内を地域住民が自由に通り抜けられるようにした東京電機大学、さらにはニューヨークの世界貿易センタービルの跡地に建てられた4WTCなど、地域環境との調和を大事にしてきた槇さんには、新国立競技場がもたらすだろう景観はグロテスクにさえ映っている。

 われわれ、都市に関わる建築家が次の世代にメッセージを残すとすれば、「東京の持つ穏やかさ」を継続してほしいということです。美しいと称賛されるパリも、実はガサガサしています。マンハッタンはいつでも喧噪のなかにあります。東京の穏やかさは世界の大都市の中では比類のないものです。雑踏でも互いに距離を調整し合い、深夜も安全に歩くことができ、自然も基本的にやさしい。われわれが昭和の時代も維持してきた東京の穏やかさを、次の世代にも、ぜひ継承していただきたいのです。

週刊朝日 2015年4月3日号より抜粋