映画の舞台となる中学の、1クラス分にあたる生徒は、すべてオーディションで選ばれた。応募は約1万人。選考終了まで、ワークショップも挟んで約4カ月。彼女は、この日本映画史上最大規模のものとなったオーディションで主役の座を射止め、役と同じ名でデビューすることに。

「テレビ好きの父の影響で、小さい頃から、『いつかテレビに出る人になりたい』と思って、小学校5年生ぐらいのとき、芸能事務所のオーディションを受けました。映画やドラマのオーディションを受けたのは、『ソロモンの偽証』で3回目です。特殊なオーディションだったらしいんですが、経験がないので、他と比べることもできなくて(苦笑)。そのときは、そこにいるだけで無我夢中で。役をもらうより、緊張感に慣れるほうが、身近な目標でした」

 撮影に入ってからも、「台詞ひとつとっても、どう表現すれば相手に刺さるのかがわからなくて、監督がつけてくださった足跡をたどるだけで精いっぱいでした」と話す。役に対して、自分で工夫することはできなかったというが、映画の中の彼女は、驚くほどまっすぐに、“藤野涼子”というキャラクターを生きていた。 「“演じる”ことがどういうことなのかがわからなかったので、とにかく“涼子を生きなきゃ”と思っていました。映画が完成したあとに、成島(出)監督や、父親役の佐々木蔵之介さんから、『ちゃんと涼子を生きていたね』と言われたときも、どこがそうなのか、自分ではわからなくて……。ただ、撮影が終わったあと、高校受験の準備のために勉強していると、ふと、『また演じたいな』なんて思うことがありました。今になってみれば、すごく幸せな現場に居合わせることができたんだな、と」

 女優デビュー作が、ここまでの大作という例はなかなかないが、今後の活動について訊くと、「まずは、今は高校に進学することが一番の目標。時間をかけて、知識や教養を身につけてから、大人の役を演じられるようになれたら、と思っています。この映画に出演するまでは、体を動かすことが大好きで、あまり本を読んだことがなかったんですが、ひとつの作品に関わったことで、お芝居だけじゃなく小説、法律とか、いろんな分野への興味が生まれてきて」と、しっかりとした口調で答えた。

 周りの大人たちの言葉に支えられ、厳しい撮影を乗り越えられた。母親役の夏川結衣さんのアドバイスは、とくに心に残っている。あるシーンで監督が出したOKが、彼女は不本意だった。「時間がないから仕方なく出したんだ」。そう思って、クヨクヨしていた。すると、夏川さんがそっと声をかけた。「監督の判断を信じなさい。監督がOKと言ったなら、クヨクヨしないで、前のことだけを見つめていけばいいのよ」と。

 幸福だった現場。思い出すと、涙が出そうになることもあるという。

週刊朝日 2015年3月13日号