バドミントン選手 不正経理疑惑の“とばっちり”で現役引退危機に (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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バドミントン選手 不正経理疑惑の“とばっちり”で現役引退危機に

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 昨年10月、国際パラリンピック委員会(IPC)は、東京パラリンピックで障害者バドミントンを正式競技として採用することを決めた。長年の悲願実現に、選手や競技関係者の喜びはひとしおだが、その歓喜の輪から外されてしまった一人の男性がいる。日本の障害者バドミントンのトップ選手である浦哲雄さん(39)だ。

「なぜ、こんなことになってしまったのか、今でも理解できません。パラリンピック出場の夢を奪われたのです……」

 浦さんは小学2年生の秋に右前腕の半分を失った。生家が福岡県の農家で、農作業の手伝いをしていたときに、コンバインに腕を巻き込まれた。

 右腕がないことで心ない冷やかしを受け、つらい思いもした。そんな浦さんがバドミントンと出合ったのは18歳のとき。友人から「バドミントンなら片腕でもできるよ」と誘われたのがきっかけだった。

 競技にのめり込んだ浦さんは、めきめきと上達した。07年にタイで開催された障害者バドミントンの世界選手権では、シングルスとダブルスの両方で金メダルを獲得。バドミントンの元日本代表で、浦さんをよく知る藤本ホセマリさんは言う。

「浦さんは言葉数は少ないのですが、内に秘めた『強くなりたい』という意思がすごい。東京パラリンピックのときに45歳でも、メダルを取れる可能性がある」

 だが、順調な競技人生は5年前に狂いが生じ始めた。10年のアジア・パラリンピック競技大会の日本代表選考合宿で、浦さんはシングルスとダブルスの試合で全勝する。コーチ陣をはじめ誰もが、浦さんがシングルスとダブルスの両方で日本代表に選出されると思った。ところが、日本障害者バドミントン協会(以下、協会)による最終選考結果の発表で、浦さんはダブルスで選外になった。浦さんは協会に説明を求めたが、満足のいく回答はなかった。このときから協会との軋轢(あつれき)が生まれたという。

「最終的に日本スポーツ仲裁機構に仲裁申し立てをしました。このときは私の主張が通り、シングルスとダブルスで出場できました」(浦さん)

 やっと出場できた大会で、浦さんはシングルスで銅メダル、ダブルスで4位入賞を果たす。十分な成績をおさめ、協会との対立は解消に向かうかに思われた。ところが別の要因も加わり、事態はさらに悪化していく。

 協会には毎年、600万円以上の助成金が日本パラリンピック委員会(JPC)から支給されている。それが11年ごろから、協会の経理に不正があるとの声が内部で上がり、助成金を管理する協会幹部と不正経理を追及する人たちの間で対立が起きていた。協会の内情を知る関係者は言う。

「浦さんは、不正経理を追及するAさんと仲が良かった。そのため、浦さん自身は経理問題に声を上げていたわけではないのに、協会幹部は彼とAさんを共犯と決めつけて、追放の準備も進めたと聞いています」

 13年10月、浦さんは協会の理事会への出席を求められ、その場でAさんに対して縁を切る連絡を入れるよう求められた。その文面は、

<自分を含めて協会関係者に連絡取らないで下さい。私は障害者バドミントン協会で頑張ります>

 というもので、その場でメール送信することを強要されたという(後の訴訟で、協会側は浦さんが自発的に送ったと主張)。

それでも、浦さんへの仕打ちは終わらなかった。浦さんは同年11月、協会から除名処分を通告された。理由は、Aさんがスポーツに詳しい国会議員と面会し、協会の不正経理問題を相談したからだと言われたという。浦さんはこの行動に関与していないというのにだ。


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