人形浄瑠璃の作者として江戸時代活躍した近松門左衛門の代表作「国性爺合戦(こくせんやかっせん)」。その名は聞いたことがあるものの内容を知らない人も多いのでは? 実はかなりの衝撃作だと次世代を担う文楽太夫の一人、豊竹咲甫大夫さんが紹介する。

*  *  *

 近松門左衛門の作品といえば、江戸時代の悲恋や心中を描く世話物のイメージがあると思います。しかし、近松が生涯に書いた九十曲の浄瑠璃のなかで、世話物はたった二十四曲。残りは武家社会の史実を題材にした時代物でした。今回はそんな近松の時代物の中から、二月から東京で上演される「国性爺合戦」をご紹介します。

「国性爺合戦」は、台湾を拠点に明(みん・当時の中国)の復興運動を行った鄭成功の活躍がモチーフ。明が隣国の侵略を受けて滅亡。かつて、明の役人で日本に亡命していた老一官(ろういっかん)はその事実を知り、日本人妻と、その間にもうけた息子・和藤内(わとうない・後の鄭成功[ていせいこう])とともに明を再興するため大陸に渡ります。中国、日本とアジアにまたがる国際的でスケールの大きなストーリー。鎖国中の人々からすると、現代人が「スター・ウォーズ」を観るような衝撃だったのではないでしょうか?

 そのうえ、和藤内は文楽史上初のハーフキャラ。名前は和(日本)と唐(唐土[もろこし]つまり中国)の血を内に入れたという「和唐内」に由来。当時珍しかったハーフを人々は日本人か中国人か和唐内奴(ワカラナイやつ)と洒落(しゃれ)で表現した説もあり、近松らしい言語センスが発揮されています。

 父・老一官は、こんな作戦を立てていました。自身が亡命する際に、中国に先妻との間に生まれた娘・錦祥女を残してきた。錦祥女(きんしょうじょ)は現在、甘輝(かんき)将軍の妻になっているので、大陸に渡ったら将軍に加勢を頼みに行こう、と。

 しかし、錦祥女は父との再会に涙するも、明に対抗する立場の夫を思い、将軍不在の城へは入れられないと拒否。縄で縛ることを条件に和藤内の母だけを入城させ、外で待つ二人には、将軍が加勢を承諾すれば堀の水に白粉(おしろい)を溶いて流し、そうでなければ紅粉を流して知らせると約束しました。

 しばらくして、城外の石橋の上で水面を見つめる和藤内の目に映ったのは、紅の流れでした。ここが聞きどころ。「南無三宝紅粉が流るゝ」と、和藤内は怒り心頭。「さては望みは叶(かな)はぬ味方もせぬ甘輝奴(め)に母は預け置かれず」と城内へ暴れこみます。

 それまでは父娘の再会など人間模様をしっとり語っていますが、この場面を機に物語はスピードアップ。和藤内と甘輝が剣に手をやり一触即発。しかし、川に流れた紅は紅粉ではなく錦祥女が自害した血潮で、自分の身を捨てることで夫を決断させようとしていたなど、怒涛の展開となります。

 今回はこの「紅流しより獅子が城の段」を私が務めます。和藤内が義理と人情に揉(も)まれながら、武士道精神を全うする気持ちを表現できればと思っています。

 ちなみに、この作品は竹本座の元祖竹本義太夫が亡くなった際、後継者に指名された二世竹本義太夫(政太夫)と竹本座の地位を確固たるものにするために近松が書きおろしたもの。結果は空前の大ヒットとなり、一七一五年の初演から足掛け三年、十七カ月間上演するという記録を打ちたてました。日本の演劇史上では、劇団四季の「キャッツ」が登場するまで一番のロングラン公演だったかもしれませんね。

豊竹咲甫大夫(とよたけ・さきほだゆう)
1975年、大阪市生まれ。83年、豊竹咲大夫に入門。86年、「傾城阿波の鳴門」おつるで初舞台。「国性爺合戦」では「紅流しより獅子が城の段」を務める。

※「国性爺合戦」は2月14日~3月2日、東京・国立劇場小劇場。午後6時開演。料金や空席状況の詳細は国立劇場チケットセンター(ticket.ntj.jac.go.jp)。

(構成・嶋 浩一郎、福山嵩朗)

週刊朝日 2015年2月6日号